今号では、世界のビールウォッチャーのあいだで「絶滅危惧種」と呼ばれているスタイルを取り上げよう。20世紀前半、英国で一番売れていたビールのスタイルは樽詰めのマイルドエールだった。しかし、その地位はのちにビター、そしてペールラガーに取って代わられる。現代のイングリッシュブラウンエールは、瓶詰めされたマイルドエールに端を発しているが、今も根強く残っている。そしてイングリッシュブラウンエールは、米国におけるクラフトビール革命の初期に大西洋を渡り、さまざまな種類のスペシャルティ麦芽やウェストコーストの「C」系ホップ(訳注:カスケード、チヌーク、シトラなどの頭文字をとってそう呼ばれている)と組み合わされてアメリカンブラウンエールになった。英国と米国、そして日本のクラフトブルワリーではブラウンエールを長いあいだつくってきたが、IPAと名のつくものすべてに売り上げを奪われ、醸造量は減少の一途をたどっている。それでも、現在の流行に合わせてさまざまな副原料を取り入れた、このスタイルを新しい解釈でつくったビールが登場している。アルコール度数の低いタイプのものもある。
ブリティッシュマイルドとブラウンエール
熟成されたビールとは対照的な、若く新鮮なビールのほぼすべてが英国発祥だが、マイルドエールも英国でつくられた。酸味があったり古さを感じる味ではなく、おだやかな味わいを持つ。初期のマイルドは、アルコール度数が高めだったりホップが利いたものもあり、たいていの場合、色味は淡色だった。しかし第一次世界大戦までに、このスタイルは、ほのかにホップを感じる低アルコール(2.8~4%)の濃色ビールとして一般に広まった。マリスオッターやゴールデンプロミスなどの伝統的な英国産麦芽と、ブラウンとカラメル麦芽をふんだんに使用したこのビールは、濃い琥珀色からこげ茶色、非発酵性糖分が豊富で、労働者を酔わせるというよりは、必要なカロリーを補給するような、コクがある栄養価の高いビールに仕上がっている。味は、トーストしたパン、ビスケット、チョコレート、ココア、カラメルとナッツをおもに感じるが、余韻として残るおだやかな苦味以外、ホップの存在感は弱めだ。また、英国の麦芽が干しブドウ、アンズやリコリス(甘草)などのエステルのような味を出しているかもしれない。マイルドエールは、ポーターやスタウトのような焙煎または焦げたような味はしない。ハンドポンプでカスク(樽)から注ぐと、発酵による自然な炭酸はほとんど無く、一日中働いて疲れた労働者は何リットルも飲めてしまう。だがそれによって、下層階級の飲み物だと認識されて絶滅の危機に陥る要因となってしまったのは残念なことである。今日でも、英国では数百種類のマイルドエールがつくられているが、かつて隆盛を極めた当時とは比較にならないほど衰退してしまった。
1920年代までにはグラスの価格が低くなっていたので、マイルドエールは発酵を促すための砂糖を少し追加して瓶詰めされるようになった。この瓶詰めされたビールはブラウンエールと呼ばれた。「ニューキャッスルブラウンエール」は耳にしたことがあるだろう。このビールは北部スタイルのブラウンエールとして1927年にリリースされた最初のビールだ。不幸にも、日本で手に入る瓶詰めビールのほとんどは、このスタイルの悪い例とされるものばかりだ。サミエルスミスの「ブラウン(ナットブラウンエール)」は、輸入されている中では唯一伝統的なブラウンエールの味がするので、このスタイルがどういうものか知るために飲んでみるのもいいだろう。
瓶詰めのイングリッシュブラウンエールはマイルドよりもアルコール分が高めで、甘味と炭酸が強めの傾向にある。それ以外では、味はほとんど同じだ。麦芽が利いていて、チョコレート、カラメル、トーストとナッツ、そしてかすかに果物のような味がするものもある。マイルドエールよりはホップの香りが若干強めで、たいていの場合英国のホップに特徴的なハーブと香辛料の香りが感じられる。また北部スタイルよりも甘味がはるかに強いロンドンブラウンエールというスタイルもあったが、ほとんど廃れてしまった。
アメリカンブラウンエール
アメリカンブラウンエールは、ホップの利いた英国式のブラウンエールだと広く認識されているが、一部の例をのぞいては、これに当てはまらない。市販のアメリカンブラウンのほとんどは、英国式ブラウンとほぼ同じIBU(国際苦味単位)に設定されている。その理由として、ホップが際立つペールエールに飽きた人々が飲めるような、おだやかで飲みやすいビールとしてクラフトブルワーたちがブラウンエールを位置づけたことが挙げられる。
しかし違いはいくつかある。英国式のアルコール度数が4~4.5%なのに比べ、米国式は5~6%とアルコール度数が高めだ。色も、琥珀色やこげ茶色というよりは、濃いこげ茶色から黒色に近い。これはさまざまな種類の麦芽が使われているからで、多様な種類のブラウン、カラメルとチョコレート麦芽が使用されている一方、砂糖や副原料の使用は控えめだ。アメリカンブラウンの中には焙煎麦芽や未発芽の大麦の使用によって、焙煎されたコーヒーのような香りがするものもある。通常使われる米国のエール酵母は、英国の酵母よりも生成するエステル量が低いので、果実の香りは少ない。そしてよく知られているように、英国産ではなく米国のホップが使われ、ときにはドライホップも施される。
ブラウンエールは、米国クラフトビール界の黎明期からつくられているスタンダードなタイプのビールの一つで、現在でもその多くは醸造されている。しかし、伝統的なブラウンエールに使われているのとほとんど同じ麦芽を使用しながら、IPAのようにホップを加えたブラウンIPAやダークIPAに、そのほとんどが取って代わられた。
ブリティッシュブラウンのビール名に「ナットブラウン」が入っていることが多いが、これは色を指し、ナッツが入っているわけではない。しかし米国ではナッツを実際に加えるアイデアがたちまち人気を博すようになった。地元で収穫されたヘーゼルナッツが入ったローグの「ヘーゼルナッツブラウンネクター」は日本でもかなり前から流通している。まるで麦芽が入ったチョコレートヘーゼルナッツミルクシェイクのような、ナッツの味が強い、コクのある甘くてデザートのようなビールだ。
ローグのブラウンは、最近出てきているブラウンエールに比べるとずいぶんまろやかに思える。とてつもなくホップが利いたビールをのぞいて、最近のアメリカンブラウンエールはウイスキー樽で熟成されたものや、コーヒー、カカオニブ、メープルシロップやバニラが加えられたものが多い。お菓子のようなブラウンエールの人気は高いが、お菓子のようなスタウトの人気にはかなわない。日本でも入手可能なファウンダーズの「マウンテンブラウン」シリーズは、そのほとんどがアルコール度数9%以上で、ヘーゼルナッツコーヒー、メープルシロップ、あるいはカシューナッツといった副原料が使用されている。大好評のシガーシティ「マデューロブラウンエール」のいくつかのバージョンも、やがて日本に入ってくるかもしれない。
日本のマイルド&ブラウンエール
日本では、マイルドエールはそれほど人気を集めてこなかった。長期間にわたってつくられている唯一のビールは、もとはノルウェーの Nogne Ø とのコラボで生まれた志賀高原ビールの「ノットソーマイルドエール」(4.5%)がある。米国産のホップをふんだんに使用したこのビールは、マイルドエールの限界に挑戦している。最近では、忽布古丹がこのスタイルを一般に広めようと努力しているようだ。過去2年間で、4種類のマイルドエールをリリースし、そのどれもがアルコール度数は低く、ホップも控えめでスタイルに忠実なビールになっている。願わくば、札幌の新しいタップルームでカスクから提供してくれることを望む。また今年デビルクラフトが「ローダウンデビル」(3.8%)をリリース。伝統的なマイルドエールで、筆者も飲むのを楽しみにしている。
国産のクラフトブラウンエールで英国式に近いのは、ビアバー「グッドビアフォーセッツ」のためにブリマーブルーイングがつくった、かねてより人気の「エンドレスブラウン」(5.6%)、箱根ビール「小田原エール」(5%)、飛騨高山麦酒「ダークエール」(5%)がある。鎌倉ビールの「花」(5.5%)は、コクのあるチョコレート、コーラと干した褐色の果実(干しぶどうやプルーンなど)の味がする、伝統的な英国式の豊かで麦芽の利いたビールだ。最近リリースされた秀逸なビールとしては、忽布古丹「やすらぎブラウン」(4.6%)とTDM1874「秋びより」(6.2%)の二つが挙げられる。前者のやすらぎブラウンは芳潤で麦芽の特徴が出ていながらもアルコール度数は低めで、トースト、カラメルとチョコレートのはなやかな香りと、青々しいホップをかすかに感じる仕上がり。後者はふくよかなカラメル、ダークチョコレートとほのかに味噌の味がする、トースト感が際立つアルコール度数が少し高めのビールだ。
米国式に近いブラウンエールとなると、はるかにその種類は多い。有名どころでは、ハーヴェスト・ムーン「ブラウンエール」(5.5%)がある。カラメルとモラセス(糖蜜)の深い麦芽の味に、アメリカンらしく焙煎麦芽とホップの主張が強めだ。ベアードビールの「アングリーボーイブラウンエール」(7%)は麦芽もホップも利いていて、もし今リリースされたら何らかのIPAだと呼ばれることだろう。しっかりとした柑橘類と南国果実のようなホップの香りとカラメル麦芽の豊かな風味、そして強く、キレのある苦味を持ち合わせている。国産クラフトビールにおける名作だ。デビルクラフトの「デビル・イン・ジョンズ・ブラウン」(6.6%)も、米国の自家醸造ビールによく見受けられるように、アルコール度数が高く、ホップが最高に利いている。タフィー(バターを使ったあめ菓子)とかすかなコーヒーの香りとともに、松と柑橘類のホップの圧倒的な香りが漂う。
一風変わったニューフェースは、二兎醸造(トゥーラビッツ)「ビラボンブラウンエール」(6%)。ギャラクシーとエラホップをギリギリまで使用しているので「オージーブラウン」と呼ぶほうがいいかもしれない。奥地で強い雨のあとに現れる三日月湖(ビラボン)から名前をとったこのビールは、色もそれに似ていて、チョコレートとカラメルの深みのある味に、果実とピリッとしたホップが絶妙にマッチしている。
ほかにも言及すべきビールが多々ある。味わい豊かでホップの特徴が出た伊勢角屋麦酒「ブラウンエール」は、以前年間を通して販売されていた定番ビールだったが、現在は定期的にリリースされているのみだ。またピッツァポートブリューイングとコラボした志賀高原ビール「ソーセクシーブラウン」も同じく定期的にお目見えする。ノースアイランドビール「ブラウンエール」は通年で醸造されていて、個人的には英国と米国のスタイルをつなぐ、橋渡し的なビールだと思っている。
最後に、風味付けされたブラウンエールを紹介しよう。英国とドイツの麦芽、そしてマカダミアナッツの抽出物を使った京都ビアラボ「マカダミアブラウンエール」(5.7%)は、濃厚なチョコレートとナッツのデザートのようで、甘過ぎなくちょうどいい甘味がある。
奈良醸造も、それぞれ特色を持つ、アルコール度数の低いブラウンエールを3種類リリースしている。「ウッディポコ」(4.3%)は、昔ながらの木樽熟成の特徴を出すために、中程度に焙煎されたオークチップを樽に入れて熟成させたビールだ。「キャラメルママ」(4.7%)はモラセス、カラメルと塩を加えたイングリッシュブラウンエールで、塩味と甘味が楽しめるデザートのようなビール。ブームが再燃しているミルクスタウトを思わせる「ナッツアンドミルク」(4%)にはブラウン麦芽、ヘーゼルナッツペーストと乳糖が使用され、アルコール度数は低くともしっかりした味わいだ。
季節は冬だが、どっしりとした重厚なビールばかり飲む必要があるわけではない。ブラウンとマイルドエールはいつ飲んでもたいてい美味しく感じられるが、寒い時期はとくに美味しい。アルコール分が高いビールやホップに少し飽きてきたら、今度はこれらのビールに手を伸ばしてはいかがだろう。満足感や創造性を感じつつ、伝統を味わうことができるのだ。


