ラナ・スヴィタンコーヴァは、ウクライナ出身のビアジャッジ兼ビアアドバイザーで、本号で特集している。ウクライニアン・ゴールデンエールについて質問がある方は、気軽に彼女に連絡を:lana.svitankova@gmail.com また、このビールを醸造する際は、ぜひラナに知らせてほしい。彼女がマップ( bit.ly/UGA_map)に追加してくれるそうだ。
ビールのスタイルは実に豊富だ。その流行は、まるで潮の満ち引きのように入れ替わる。あるスタイルは深海から姿を現し、またあるスタイルは二度と浮かび上がることができない暗い深淵へと沈む。古いものもあれば、新しいスタイルものもある。一時的な流行に過ぎないものもあれば、定着するものもある(永遠に存在し続けるかはわからない)。そのような中、時折、同じ広大な海から新しいものが岸辺に現れることがある。それが、ローカル(地域独自の)スタイルだ。たいていの場合、それは何世紀にもわたる醸造の伝統を持たず、既存の趣向や期待に縛られない国から生まれる。そして、その多くがその土地特有の文化の特徴をたっぷりと盛り込んでいる。既存のスタイルから影響を受けつつも、独自性を持っているのだ。それらはまず地元の人々に知られ、独自のガイドラインに従って発展していく。例えば、カタリーナ・サワー、ドラダ・パンぺアーナ、イタリアン・ピルスナー、日本酒ビール、そしてウクライニアン・ゴールデンエールなどがその例だ。
すでに確立されたスタイルの中に新たに飛び込んでいくというのは常に気まずいものだ。インポスター症候群(訳註:自分を過小評価する心理的傾向のこと)と闘い、伝統的なスタイルを改悪したものではなく、しっかりと存在意義があり、独自の名前を名乗る権利があることを証明しなくてはならない。このスタイルは、何が特別なのだろうか? これまでに用いられたことのない独自の技法を持っているのか? その土地固有のまだ知られていない原材料を使っているのか? 地元で生まれ育ったホップが使われているのか? もし、これらのうち一つも当てはまらないのであれば、苦しい立場に追い込まれるかもしれない。それは、ウクライニアン・ゴールデンエールにも該当する。すでにベルジャン・ストロング・ゴールデンエール、ブリティッシュ・ゴールデンエール、そしてアメリカン・ブロンドと時に呼ばれるゴールデンエールが存在する中で、ウクライニアン(ウクライナのゴールデンエール)は何が違うのだろうか?

段階を追って説明しよう。2009年にドネツク州のブルーパブで初めて醸造されたウクライニアン・ゴールデンエールは、ラインハイツゲボート(ビール純粋令)を厳守していたウクライナ人のブルワーがベルギーを訪れた際に得た着想がもとになっている。とはいえ、彼はベルギーのサイレン(訳註:古代ギリシャ神話に登場する海の妖精。歌声で船人を魅了し危険に導く性質を持つ)の魅惑的な歌声には完全に惹き込まれなかったようで、ビールに砂糖を加えることを拒み、100%麦芽の配合にこだわった。その結果、甘い後味と、よりコクのある味わいを持ち、アルコール度数は7%前後と比較的高めではあったが、キレがありドライなベルギースタイルと比べると控えめな強さであった。ブリティッシュ・ゴールデンエールと比べるとアルコール度数は高く、フェノール(ビールの発酵過程で生まれる風味化合物)は無かった。また、ウクライナの代表的な輸出品であるコリアンダーシードを使用しており、これはベルジャンエールにも使われている! ただし、当時は「ウクライニアン」という名前は付けてられていなかった(前述したインポスター症候群を覚えているだろうか?)。単に、ゴールデンエールとして知られていた。もし2014年にロシアがドネツク州を併合しなければ、このビールは国内の多くの人々にも知られることなく、3階建てのレストランでひっそりと存続していたことになっていたかもしれない。
そのブルーパブのオーナーとブルワーは街から避難する必要があり、彼らの大切なプロジェクトをあとにして、別々の道を歩むことになった。一人はキエフに新たなブルワリーを設立し、もう一人はドニプロにあるブルワリーで働き始めた。しかし、二人ともあの「ゴールデンエール」のコンセプトをそれぞれ新しい場所で導入し、醸造を開始したのだった。少しずつ地元のイベントでファンを増やし、ほかのブルワリーも注目するようになった。甘く麦芽がしっかりときいた後味に、控えめな苦味とフルーティな香りを持つ、やや強めなビールに魅力を感じない人がいるだろうか? とはいえ、ビールマニアたちにはあまり響かないようだ。彼らは、感動がなくつまらないビールだと評価する。しかし、この万人受けする特徴こそが、人々をクラフトビールの世界に取り込む最適な入り口となっている。強い苦味で舌を刺激されることもなく、アルコールの強さに圧倒されることもなく、またフレーバーの複雑さに戸惑うこともない。ただ同時に、この親しみやすさが国際的な場では存在感を薄くしてしまった。クラフトビールのイベントでは、ブルワリーの多くがこのようなビールは持ち込まず、最もホップがきいた、カラフルで刺激的なビールを誇らかに提供するため、ウクライニアン・ゴールデンエールのようなビールは注目されにくい。
そのためしばらくの間、ウクライニアン・ゴールデンエールはその地域でしか知られていないマイナーなスタイルだったが、地元民には大量に飲まれていた。控えめに見積もったとしても、(コロナ禍の影響によりビール業界やレストラン業界にとって決して良い年ではなかったにも関わらず)2021年にはウクライナ国内だけで125万リットルが消費されたとされている。このビールが消えることなく、飲まれ続けているうちに、業界の人たちは次第にローカルスタイルとして定義し、認める必要性を感じはじめた。結局のところ、ウクライナ独自の原材料が使われていなくても、その味わいは唯一無二だったのだ。しかし、新しいビアスタイルを認知してもらうにはどうすれば良いのだろうか? もちろん、公式なガイドラインを確立しようと試みるが、その前にそのスタイルが実在することを証明し、国際的な場へ持ち出す必要がある。そこで、ウクライナのブルワーたちは国際的なコラボを始め、ビール愛飲家たちも旅行中にお土産としてほかのブルワリーに持ち込むようになった。現在、ウクライナのものを宣伝するには最善であり、同時に最悪のタイミングであることから、時間はかかったが、ウクライニアン・ゴールデンエールは「Untapped」と呼ばれるビールアプリ上のスタイルリストに追加され、ヨーロピアン・ビア・コンシューマー・ユニオン(欧州ビール消費者組合)のスタイルガイドラインにも登録された。そして、昨年の夏までに、地球上ほぼすべての大陸で醸造されていることがわかっている。重要なのは、これは政治的な主張ではなく、世界のビールの家族の一員になり、自分たち独自のものをもたらし、この素晴らしい飲み物の物語全体のほんの一部を伝えたいという願いなのだ。
ウクライニアン・ゴールデンエールの具体的な基準とは何だろうか? まず、麦芽の配合は主にペールモルトで構成されており、甘くモルティな後味を出すために小麦モルトやカラメルモルトが加えられることもある。ホップは、15〜30IBU(訳註:ビールの苦味を表す数値)の苦味をもたらす伝統的なビタリングホップ(訳註:ビールの苦味付けに使用されるホップ)が中心だが、適度にフルーティな香りを加えるために新しい品種のホップを少量使うこともある。酵母は、ニュートラルまたは、非常に控えめなものが使用され、具体的にはUS-05、S33のいずれか、またはその2つを掛け合わせたものが使われる。さらに、コリアンダーシードが加えられることもよくある。
ウクライニアン・ゴールデンエールは、世界中で次々と誕生している魅力的なローカルスタイルの一つであり、どれもが正式のスタイルとして認められることを目指している。ビールの魅力は、その驚くべき多様性にある。種類が多いほど、楽しさも広がる!



