アン・ エイブラハムソンは横浜インターナショナルスクールを卒業後、カリフォルニア大学バークレー校に進学。その後、いくつかの醸造所で働き、現在はコロラド州のセレブラル・ブルーイングでオペレーション・ディレクターを務めている。
ダークビールがきっかけで私はクラフトビールの世界へと足を踏み入れた。 「スタウト」や「ポーター」といったスタイルは、「ペールエール」よりもとっつきにくそうだったが、最初のひと口を飲んだ瞬間に、私が好きな馴染みのある味が口いっぱいに広がった。クリーミーなエスプレッソ、チョコレートケーキ、ダークフルーツ(訳注:レーズン、プルーン、プラム、デーツのような色の濃い果実)のような味のビールが嫌いな人なんていないだろう。横浜から北カリフォルニアに渡り、ビールの醸造を学んだ私は、すぐにIPAとラガーに親しみを感じるようになった。しかし、気温が下がり、爽やかな気候になると、麦芽の風味がしっかりと感じられる色の濃いビールに勝るものはなく、バルチックポーターは私のお気に入りのひとつとなった。
正直なところ、私がいつどのようにしてバルチックポーターと出会ったのかはよく覚えていない。私が実際に覚えている中で初めてバルチックポーターを飲んだのは、セレブラル・ブルワリーのノルディック・ノワールであったのは確かである。いまだにアメリカでも比較的ニッチな存在だが、バルチックポーターは二つのスタイルをつなぐ架け橋のような味わいをもつ。グレインビル(訳注:モルトの種類と、その配合の割合)はイングリッシュポーターに似ているが、シュヴァルツビールを象徴するほのかなロースト感もある。結果として、リコリス(訳注:甘草のエキスを入れた黒色の北欧のお菓子)、糖蜜、カカオニブ、ほのかなタバコの香り、ドライチェリーなどの風味が混ぜ合わさった、興味をかき立てられるスタイルになる。フルボディで、アルコール度数は通常6.5%から9.5%と伝統的なポーターよりも高い。グレインビルから生まれる甘味は、ラガー酵母を用いた低温発酵による驚くほどキリッとした後味でバランスがとれている。

「ハイブリッドスタイル」(ラガー酵母を使用して醸造されたエール、またはエール酵母を使用して醸造されたラガー)は、ビールの世界では特に目新しいものではない。ケルシュ、クリームエール、カリフォルニアコモン(スチームビール)、そして最近ではコールドIPAやウエストコーストピルスナーなど、スタイルのガイドラインをあえて曖昧にしたビールの魅力を体現している。私はこれを、「あなたのピーナッツバターが私のチョコレートに入ってしまったじゃないか!」(注釈:Reese’sというアメリカのチョコレートにピーナッツバターが入った菓子のCMで使用されたフレーズ。道を歩く男女がそれぞれチョコレートとピーナッツバターを持っており、出会い頭にぶつかることで二つが混ざってしまう様子から、思いもよらない良い組み合わせのことを表すときに使われている)のクラフトビール版だと考えている。異なるスタイルの優れた要素が合わさって出来上がるハーモニー(おそらくテレビCMのように偶発的にできたものではない)はただの足し算ではない。この絶妙なバランスと繊細さがあるからこそ、私はバルチックポーターに繰り返し惹きつけられるのだ。
バルチックポーターの歴史的背景は、説明し難いその前身のポーターの歴史とは異なり、より明確である。それは、約2世紀前の地政学的対立から生まれた。18世紀のイギリスでポーターが有名になると、ヨーロッパ中に輸出され、特にバルト三国で人気を博した。その後、1800年代初頭のナポレオン戦争で地域間の貿易が一時的に禁止されると、地元の醸造家たちは自分たちでポーターを醸造しはじめた。しかし、この地域の寒さに不向きなエール酵母を使用する代わりに、独自のラガー酵母を利用した。その結果、芳醇な深みと、不純物を含まない繊細さが美しく混ざり合わさったバルチックポーターが生まれた。余談だが、このスタイルにはエール酵母を使うバージョンもあるが、同様の効果を得るためには低温で発酵させる。低温発酵させることで、酵母の働きが弱まり、フルーティーなエステル(訳註:酵母の働きによって麦芽が発酵する際に生まれる香り成分のこと)が相対的に少なくなるため、よりクリーンな印象を与える。同じようなアルコール度数の高いロシアン・インペリアル・スタウトとは異なり、このスタイルは使用する酵母に関わらず、よりドライな口当たりで、後味を残さない。つまり、ずっと飲み続けることができるのだ。もしも、あなたがバルト地方で醸造されたバルチックポーターをお探しなら、Põhjala(注釈:エストニアの首都タリンにあるプヤラ・ブルワリー。日本では、彼らのビールをえぞ麦酒が輸入している)のものを選べば間違いない。Öö(オオ)はこのスタイルの典型ともいえるビールだ。彼らのセラー(樽熟成)シリーズから出ているバージョンも素晴らしく、幸運にも私は最近、コニャック樽で熟成されたÖö XO(オオXO)を飲む機会に恵まれた。ベースのビールが樽熟成によって見事に引き立てられ、薫製したシナモンとワイルドベリー(野生のキイチゴ)ジャムの微かな風味が絶妙だった。クラシックなもの、樽熟成のものであれ、芳醇な麦芽の風味とすっきりとした後味のバランスが取れた、寒い季節にぴったりのビールをお探しなら、この過小評価されがちなスタイルを探し求めることを強くおすすめする。
編集後記: バルチックポーターは日本ではあまり見かけないが、これまでに少数のブルワリーによってリリースされてきた。現在も製造されているものとしては、ロコビアの「平八郎」、ヒノブルーイングの「ししまいポーター」、長龍クラフトビールの「スモークドバルチックポーター」、ベアードブルーイングの中目黒タップルーム15周年を記念した「NT15バルティックポーター」などがある。


