By Lars Marius Garshol
醸造についてブルワーがまず最初に学ぶことは、ビールをつくるためには3つの工程が必要ということだ。それは、①麦芽に湯を混ぜて糖化させて麦汁(ウォート)をつくり、②麦汁を煮沸させて③発酵させるというもの。それゆえ、麦汁を煮沸せずにビールをつくるファームハウスのブルワーがいると初めて耳にしたとき、かなりの衝撃を受けた。こうしてつくられたビールは「ローエール(raw ale)」と呼ばれている。
麦汁を煮沸して細菌を死滅させなければビールが酸っぱくなるとブルワーは教わる。煮沸しないでつくるビールがあると知ったのはだいぶ前の話だが、その当時でもあえて酸味のあるサワービールをつくっているところはあったので、試してみる価値があるかもしれないと考えていた。そんなとき、ローエールをつくるファームハウスブルワーから、サンプルとしてビールを少し譲ってくれるという提案を受け、願ってもないチャンスとばかりに筆者は飛びついた。飲んでみると、そのビールは予想に反して全然酸っぱくなかった。さらに驚いたことに、とても美味しく、その上、それまで飲んできたビールとはまったく異なる味わいだったのである。
そのビールをつくったのは、ローエールで有名なノルウェー西部のホーニンダル出身のブルワーだったが、ほかの地域でもこのスタイルのビールはつくられている。いろいろなローエールを飲んでいくうちに、彼のビールはリトアニアのファームハウスエールに類似しており、共通点はいずれも煮沸されていない点にあるということに気づいた。
一般的な醸造の教科書では、煮沸はビールの味に大きな影響を及ぼすために重要なプロセスだとしているが、それは確かに正しい。さまざまなローエールを飲むと、口に含んだ時点で煮沸されたビールかどうかが判別できるようになるのだ。
実際、それらの教科書が間違っているわけではない。麦汁を煮沸することに関してはほぼ合っている。しかし、ブルワーの多くがそこから導いた結論が間違っているのだ。さて、ローエールはどのようにしてつくられているのだろうか。
煮沸することで細菌は死滅するが、その前のマッシング(糖化)で麦芽はお湯と混ぜられ、摂氏65度から70度の状態で少なくとも1時間保たれる。それだけで殺菌するには十分だ。これは低温殺菌として知られる手法で、そこから再度細菌を死滅させる必要はない。
また教科書によると、煮沸が大切であるもう一つの理由は、煮沸することでホップに含まれるα酸が麦汁に溶け込みやすくなるからだという。ホップのα酸はビールの腐敗を防ぐのに大きな役割を果たす。
しかし、ホーニンダルのブルワーは温かい麦汁にホップを入れるだけだ。ホップのほかの成分が雑菌の繁殖を防ぐのだが、α酸がなければ抗菌力は弱い。それでも、腐敗に対しては十分な力を発揮する。
ほかにも、少しの水でホップを煮出してから麦汁に加えるファームハウスのブルワーや、麦汁をほんの一部取り出してホップを煮るブルワーもいる。どちらも麦汁全体を煮沸するのと同じような効果を生み出す。
教科書に載っている麦汁の煮沸が大切である三つ目の理由は、熱を加えることでタンパク質を凝固させて除去するためだという。ローエールでは凝固が起こらないので、小麦やオート麦を使用したときのようなタンパク質由来の濁りがビールに残る。しかし生のタンパク質の味は通常のものとは異なり、また、煮沸しないことで本来起こるはずの化学反応が起こらない。
それにもかかわらず、出来上がったビールの違いは、味だけなのだ。煮込んだトマトスープと、火が通っていないスペインのガスパチョのような対比に少し似ている。ガスパチョの味はトマトスープとはまったく違うが、煮込んでいないからといって美味しくないというわけではない。
ローエールのタンパク質は、キレのある口当たりで、ホップなしでもビールの甘味のバランスを取ってくれる。また、うまく説明できないが「青々しい」味があり、わらや穀類を思わせる麦芽の味を強く感じる。そして、煮沸されたビールに比べ、残ったタンパク質によってボディにしっかりとした厚みが加わっている。
ヘーフェヴァイツェンのように、タンパク質の沈殿物の量が味に大きな影響をもたらす。これをろ過することでローエールらしい味を取り除くこともできるし、そのままにしておくことも可能だ。しかし、沈殿物の量が多すぎるとビールの口当たりが台無しになってしまう。
ローエールはマイナーなビールだと思われるかもしれないが、ファームハウス醸造においては少なくとも英国、ドイツ、スカンジナビア、フィンランド、バルト三国、オーストリア、ジョージア、ベラルーシやロシアでは広くつくられてきた。実際、直接話を聞いたり集めた資料を見ると、ファームハウスブルワーの半分近くはローエールをつくってきたのである。
ローエールは一つのスタイルというよりも、ノルウェーのkornøl(コーンオール)、エストニアのkoduõlu(コドゥウル)、フィンランドのサハティ、リトアニアのkaimiškas(カイミシュカス)やkeptinis(ケプティニス)などの多数のスタイルを擁する分類といえる。ノルウェーのstjørdalsøl(ステュアダルサル)やスウェーデンのゴットランズドリッケは、煮沸することがあったりなかったりと一貫していない。これら二つのスタイルのビールは、燻煙風味が強烈で、煮沸されているかどうか飲んでも判別することが難しい。また、歴史的にはベルリナーヴァイセもローエールであった。
多くの人は、ファームハウスブルワーがどうやって煮沸せずに醸造する手法を思いついたか不思議に思うかもしれないが、その疑問は的外れだ。少し回り道して考えてみるとその理由がわかる。
かつては金属製の釜はとても高価なものだった。青銅器・鉄器時代、首長や王族たちは、富の象徴として銅または銀製の大釜からビールやミード(ハチミツ酒)を振る舞っていた。ヴァイキング時代の有名な詩の一つでは、神々が狩猟から腹を空かせて帰ってきても、釜がなくてビールをつくれないという内容が語られている。その物語のあらすじは、神々がビールをつくるのに十分な大きさの釜を求めて旅に出るというもの。19世紀になってようやく、ノルウェーの一部の農家が同じように富の象徴として銅の釜を置くようになった。
言い換えると、歴史的にみてほとんどのブルワーは釜なしで醸造せざるをえなかった。65度から70度まで加熱して糖化させるのが難しいので、冷水と麦芽を木製の桶に入れ、そこに火で熱した石をに入れていた。こうしてつくられたビールは「シュタインビア」または「ストーンビール」と呼ぶ。当然ながら、麦汁を煮沸するのはさらにハードルが高いので、煮沸しないことで解決した。
麦汁が煮沸されるようになったのは12~13世紀頃になってからで、それ以来加熱する方法が浸透するようになったが、いまでも昔ながらの製法にこだわるファームハウスブルワーは数多く存在する。つまりローエールという概念が新たに生み出されたのではなく、ビールが進化した歴史の中で、だいぶあとになって煮沸したビールが考え出されたのだ。
ファームハウスブルワーはあえてレシピはつくらずに、代々受け継がれてきた伝統のビールを同じようにつくるといわれている。確かにそれは間違いではないが、現代のブルワーが麦汁を煮沸するというのは彼らも「伝統を守っている」のである。煮沸するかしないかというのを、深く考える現代のブルワーはとても少ない。皆が煮沸するから、自分も煮沸しているだけのことなのだ。
しかし、状況は変わってきている。日本のくにぶる(KUNITACHI BREWERY。本誌第51号参照)や、ノルウェーではBygland(ビュグラン)、Brulandselva(ブルランドセルバ)、Eik & Tid (エイク&ティド)というブルワリーもローエールをつくっている。ノルウェーの有名ブルワリー、Nøgne Ø(ヌグネ・エウ)では、アルコール度数が低いビールを醸造する際、しっかりとしたボディと麦芽の味を保つためにわざと煮沸しないこともある。法的制約ゆえに本来のものよりアルコール度数を低めに設定してつくるビールの味わいを補うために、そういう手法をとっている。非加熱の麦汁がビールに及ぼす影響を、一つのテクニックとしてブルワーが用いているのはとても興味深い。
ローエールははるか昔、金属が手に入らないことで生まれた古代の醸造法だが、近年その独特な味と口当たりを求めて復活の兆しを見せている。しかし、現在進行中の燃料価格高騰やエネルギー危機を受けて、ローエールはこれまでよりも速いスピードで浸透していくかもしれない。麦汁を1時間煮沸するには膨大なエネルギーが必要なのだ。そんなことしなくても美味しいビールがつくれるなら、煮沸する必要はあるのだろうか。


