アレックス・ツイートはカリフォルニア州バークレーにあるフィールドワークブリューイング社(本誌31号で特集)の共同設立者で醸造責任者である。
クラフトビールムーブメントが世界的な規模で盛り上がりをみせ、新しいトレンドやビアスタイルが生み出されては変わっていく中、新参者にとっては何を飲んでいるのか、はたまたそれがビールなのかさえ判断が難しくなっている。大手ラガー以外のビールが「クラフト」と呼ばれるようになったが、それより前の時代からいる古参のブルワーにとっては、現代のブルワーに求めれられる奇抜さに特化したビールづくりというのは骨の折れる仕事だろう。ひと昔前は冷蔵物流などといった概念はなく、遠方の醸造所から届くビールは生ぬるい状態で店内の陳列棚に並べられていたものだ。しかも、海や国を渡る過程で品質が変化することもあった。しかし、どのビールもシンプルな素材しか使っておらずかなり繊細で、味覚に刺激を与えながらも嗅覚にも広がる洗練されたブーケ(香り)が印象的だった。この繊細さは、簡単に抑えられたり、曖昧になったり、最悪の場合、ないがしろにされてしまう。そんな時代のビールを代表するのがベルジャンゴールデンエールである。
良いラガーを醸造するよりも難しいことはない、という古い格言が醸造界にはある。必要最小限の材料を使用し、欠陥を補えるような強い味わいもないため、ラガーがどういうわけか醸造技術の最難関となったのだ。筆者はこの説を尊重してはいるが、心の底から否定する。もしもシンプルな材料を使ってレシピ通りに、着実に作業するのが究極なのであれば、トマトスープが料理の最高峰となるだろう。世界中を旅すれば、何百もの醸造所がレジェンド級のラガーと肩を並べられるくらい高品質なラガーをつくっていることを目の当たりにするだろうが、ベルジャンビールに関してはそのようなことはない。ベルギー国外のブルワリーで彼らの魔法に匹敵するビールをつくれる醸造所はほとんど存在しない。コンクリートから生えるトリュフを探す方がまだ簡単かもしれない。ベルジャンゴールデンエールの醸造は、ラガーと似たような課題がいくつかある。グレインビル(モルトの種類と配合率)はいたってシンプルな淡色の大麦で構成され、比較的中性な軟水、単糖(加水分解しない砂糖)、そして苦味、香り、油性の強くないホップが使用される。しかし、そこに伝統的なベルジャンエールの酵母が入ることによって全てが変化してしまうのだ。
ベルギーという国には千年近く前から醸造所が存在しており、一番定着しているベルジャンゴールデンエール(デリリュウム・トレメンス) は今年で100周年を迎える。長年かけて習熟されたこの歴史的な酵母の巧みな扱いによって、コショウやクローブの香りが特徴のフェノールを目立ちすぎない程度に抑えつつ、洋ナシ、リンゴ、アンズ、オレンジ、はちみつ、パイナップル、バブルガム、バラの花びら、レモンを思わせる、フルーティなエステルが醸し出される。この技術を真似るのは至難の業だ。発酵温度、ピッチングレート(冷却した麦汁に入れる酵母の量)、タンクの管理、低温貯蔵、シャンパンのような炭酸化、酵母のストレス状態管理、熱負荷、エステルとフェノール複合生成、そして瓶内二次発酵も関わってくる。
このビアスタイルに関して素晴らしい点は、購入するためにあちこち探しまわる必要も、店頭で列に並ぶ必要もないということだ。世界最高峰のものがあなたの地元の酒販店で普通に売られているのだ。デュベル・モルトガット醸造所のデュベル、アシュフ醸造所のラ・シュフ、ヒューグ醸造所のデリリュウム・トレメンス、そしてオルヴァル醸造所のオルヴァルは、それぞれ独自の方法でこのスタイルの美しさと多様性を体現している。筆者は個人的に、オルヴァルが史上最高だと考えるが、かの有名なマイケル・ジェームス・ジャクソン氏の著書に一番の宝と称されたデリリュウム・トレメンスについては言及しておくべきであろう。

このビールは淡く美しい黄色で、グラスの反対側の指紋があまりよく見えない程度のほんのわずかなかすみがある。強炭酸で、グラスに沿って湧き上がる泡は、どれだけ上手くグラスを洗浄できているか教えてくれる(訳註:正しい洗浄により、ビールを注いだ時の泡立ちと泡持ちがよくなるといわれている)。香りは上品で、甘いフルーツ感や、ベルジャンエールが生み出す冬らしい強めのスパイス感はあまりない。デリリュウム・トレメンスは新鮮な洋ナシの皮と、カビ臭い古い作業部屋が混ざったようなしっかりとした香りが最初にするが、その後すぐに筆者が他のビールにも求める、素晴らしい花の香りが広がる。シュワシュワの泡からは溢れんばかりのラベンダーの香りが放たれる。それは、デパートの陳列棚に並んでいる安っぽいラベンダーキャンドルの香りとは違い、本当に繊細で、採れたてのイングリッシュラベンダーの葉の香りだ。
このビールのボディはまた奥が深い。強烈な炭酸がエアバックのような役割を果たし、ビールが舌から一瞬で離れていく。後味にも注目してほしい。ほんの微量なアルコール感とわずかな渋みが口の中をさっと洗い流し、ジューシーな赤いリンゴ、レモンの花、そしてコリアンダーシードの土のような香りの余韻が残る。なぜこのビールが長きにわたって多くの人から愛されているのかは容易に理解できる。ドライな後味と、うまく隠されたアルコール感、そして美しく複雑な風味と、主張しすぎないが鋭いアロマ。もしかしたらデリリュウム・トレメンスはあなたが知っているのにまだ飲んだことがないビールの中で一番かもしれない。
最近はホップやフルーツが注目されているが、ゆくゆくは一周回って、クラシックなスタイルだけではなく歴史的なビールもしかるべき人気を取り戻すと筆者は信じている。


