ここ1年ほど、米国で「新しい」スタイルのクラフトビールが注目を集めている。日本のクラフトビールのトレンドは米国から流れてくることが多いが、今回もその波が日本に押し寄せている。そのスタイルは「ジャパニーズ・ライス・ラガー」と呼ばれるものだ。え、ちょっと待って!「ジャパニーズ(日本の)」ラガーが米国から日本に入ってくるだって? 少し紛らわしい名前だが、このスタイルはビールのボディを軽く、クリスピーにするために、マッシュビル(一般的には、トウモロコシ、ライ麦、そして大麦麦芽を混合したもの)にコメを含んだペールラガーを指す。これらのビールには、柚子や緑茶など、そのほかの「日本の」食材が使われていることもある。
最初に一つだけはっきりさせておきたいことがある。これらのビールは、本質的には「日本の」ものとはいえない。実は米国では、日本よりも古くからビール醸造にコメが使われてきた。「ビールの王様」ことバドワイザーは、1860年代からコメをレシピに取り入れてきた。この話は、モーリーン・オーグルが2006年に出版したアメリカビール史『Ambitious Brew』に書かれている。まず、米国の土壌でもっともよく育つ六条大麦はタンパク質が多すぎたため、ビールがかすんでしまっていた。コメやトウモロコシを加えると、この特質が改善される傾向があった(今日、このような「かすみ(ヘイジーさ)」は歓迎されるだろうが)。二つ目の理由は、米国に渡ってきたドイツ移民がつくり始めたラガーは、米国人には重すぎたからだ。19世紀のヨーロッパでは食料が不足しがちだったため、ビールは重要なカロリー源とみなされていた。しかし、米国では食料は豊富にあった。米国人は、ヨーロッパの「液体のパン」(訳註:当時、ビールはパンを砕いたものに水を加えて自然発酵させる方法でつくられていたため「液体のパン」と呼ばれていた)とは対照的に、ステーキやソーセージに合う軽くて爽やかなビールを求めていた。コメを使った醸造はトウモロコシを使うよりも難易度が低いので、コメの方が当初人気があったというわけだ。
米国とは対照的に、日本のブルワーのほとんどは、コメやそのほかの添加物を使うことが許されていたにもかかわらず、20世紀に入っても生粋のドイツのレシピに固執していた。その理由のひとつは、伝統に対する保守的な愛着であることは間違いないが、もうひとつの理由も説明不要といえよう。コメは日本人の主食であり、日本の象徴的な食べ物であったが、不足しがちな食糧であった。さらに、コメが余れば、酒造家がまっさきに手にしていた。ほかのさまざまな副原料は使われていたが、太平洋戦争中と戦後の食糧不足により、日本が完全に復興するまで、貴重なコメは日本のビールにはほとんど使われなかった。ジェフリー・アレクサンダー著『Brewed in Japan』(2013年)によると、終戦後、より軽く、よりクリスピーで、より多くの副原料を使ったビールが選ばれるようになったと述べている。人々は厳しい麦芽配給のもとで醸造されるビールに慣れ親しんでいたため、それ以来、日本ではオールモルトのラガーはアメリカと同じくらい珍しくなったのだ。
それでも、「ジャパニーズ・ライス・ラガー」という言葉を耳にする。日本のものは最近流行っているし、コメは日本を連想させるものだから、ビールにその名前をつけることはマーケティングに役立つのだろう。この名前の使用を支持したい米国のブルワーは、「アサヒ・スーパードライ」を例に挙げる傾向がある。たしかに、アサヒ・スーパードライは、ボディを軽くするためにトウモロコシ、砂糖、でんぷんと並んで、コメを使っている。実際のところ、今日、米国のクラフトビールのブルワーがつくっているジャパニーズ・ライス・ラガーは、スーパードライやサッポロ黒ラベルのようなものではなく、アメリカン・ピルスナーやIPL(インディアン・ペール・ラガー)に近い。その多くはホップがよく利いており、たまたま軽くてサッパリしているだけである。
さらにややこしいことに、日本のクラフトビールブルワリーは何年も前からライス・ラガーをつくっている。その多くは、日本でもっとも人気のある品種「コシヒカリ」の産地でもある米どころ、新潟産のものだ。コシヒカリ・ラガーはスワンレイクビール、エチゴビール、御殿場高原ビールで醸造されている。一方で、コシヒカリ・エールは九十九里オーシャンビール、わくわく手づくりファーム川北、越前福井ビール、みちのく福島路ビールによって醸造されている。これらのビールの質はさまざまで、そのほとんどは、本格的なクラフトビール愛好家向けというよりは、地元の農産物を使った「おみやげ」ビールとして製造されている。
1998年から醸造されているスワンレイクビールの「越乃米こしひかり仕込み」も、コメの使用がクラフトビール醸造において一般的に禁止されていた時代に、土産物として始まった。しかし、この軽くて爽やかでありながら風味豊かなジャパニーズ・ライス・ラガーは、長い間、ほかのビールより目立ってきた。まろやかな丸みと、ほのかなコメの香りとドライな後味があり、スパイシーな柑橘系の特徴を加えるザーツホップが全体をうまくまとめている。ジャパニーズ・ライス・ラガーではないが、志賀高原ビール(日本酒銘柄「縁喜」を醸造する玉村本店)がセゾンやIPAのいくつかに酒米の美山錦を使用していることも忘れてはならない。また、大山Gビール(日本酒銘柄「久米桜」を醸造する久米桜酒造)は、地元の人と協力して栽培と収穫をしている酒米の山田錦を「八郷」というビールに使用している。日本のビールづくりにおけるコメの使用について知りたい人は、大手ラガーではなく、これら3つのブルワリーがつくるビールから試してみるとよいだろう。
最近では、米国版に影響を受けている日本のブルワーも増えてきている。長龍酒造のライス・ラガーは、レモンやハーブのようなホップのアロマと、余韻の残るホップの苦味が特徴である。軽くてまろやかな、すっきりとした後味で、暑い時期にも飲みやすい。松江ビアへるんの「しまねっこラガー」は、コメを使ったIPLのような飲み口だ。モザイクホップとシトラホップを使用しており、トロピカルフルーツや柑橘類を思わせる、ダンク(草っぽい香り)でフルーティーなアロマを醸し出している。円熟したコメの甘味と、長く長く続く、驚くほど苦く爽やかな後味のバランスがうまく取れている。
海外で人気のライス・ラガーも、日本にも入ってきている。玄米を使用したフィールドワークの「ライス&イージー」は、穀物の特徴と軽めのホップ感があり、玄米の風味が際立っている。バランスの取れたボディとキレのある後味もある。ミッケラーの「ジャパニーズ・ライス・ラガー」と、アザーハーフ・ブルーイングの「ポエトリー・スナップス」は日本にも上陸している人気商品だが、本稿執筆時にはどちらも販売されていなかった。ミッケラーは、ますます日本的である柚子バージョンもつくっている。ジャッキーオーズの「カイジュー」はソラチエースホップを使っているということもあり、もっとも「日本的な」ライス・ラガーだったかもしれない。残念なことに、このビールはすでに生産終了してしまっている。
結論からいうと、「ジャパニーズ・ライス・ラガー」という呼称はなにか語弊があるが、スタイル自体はどうだろうか? 日本でつくられるライス・ラガーは、キリっとした味わいとは対照的に、丸みがあってまろやかで、クリーミーにさえ感じられるものが多い。ほとんどが、エクスポートラガー、ヘレス、チェコスタイルといったオールモルト・ラガーよりも軽い。しかしどういうわけか、クリスピーさ(キリッとした味わい)でいえば、ほとんどのものは北ドイツの軽いピルスに及ばない。この感覚の一部は、ホップの苦味レベルによるもので、ほとんどが低から中程度であった。ライス・ラガーは、すっきりとした苦味の後味が一番適していると思われる。「しまねっこラガー」は、IPLのようにホップが利いていて、香りも苦味もあり、筆者の一番のお気に入りである。
それでは、ジャパニーズ・ライス・ラガーは、満腹になりすぎず、酔いすぎず、夏の日差しのもとでキリッとしたビールを楽しみたい大人のための選択肢なのだろうか? それとも、このクールジャパンの時代の巧みな策略で、私たちが初めてIPAを味わったあとに拒絶した発泡性の黄色いものへの回帰に過ぎないのだろうか? その両方なのかもしれない。このビールをめぐる言説には馬鹿げたものもあるが、気温30度を超える真夏日には、筆者はヘイジーIPAよりもこのビールを飲みたいと思う。


