ビールの主な原料として大麦麦芽が広く使用されているが、数百年、数千年ものあいだ、世界では小麦麦芽や発芽させていない小麦も醸造に使われてきた。よく知られた例としては、南ドイツのヘーフェヴァイツェンやベルギーのウィットビアがあり、最近世界中で復活してきたベルリナー・ヴァイセやベルギーのランビックも、小麦が入ったビールとして思い浮かぶ。
小麦はビールに独特でさまざまな個性をもたらす。もっとも重要な点は、小麦が大麦よりもたんぱく質含有量が多く、しかも種類の異なるたんぱく質を持っているということである(これは小麦がパンやお菓子づくりに欠かせない理由である)。ビールに小麦を使うと、100%大麦麦芽を使用した場合と比べて口当たりが軽く、なめらかでまろやかに感じられる。このグルテン質のたんぱく質は、泡の保持にも役立つ。フレーバーも大麦と異なり、パンのような味わいと、レモンのような酸味が少し感じられる。このような特徴を持った小麦ビールは、暑いときに飲むととくに爽やかだ。また、小麦に含まれるたんぱく質は、ヘーフェヴァイツェンやウィットビアにみられるように、ビールに濁りを与える。
大麦には外皮があるが、小麦にそれがないため醸造が難しくなる。マッシングが終わってろ過槽から出すとき、外皮がフィルターの役目を果たし、麦汁は流れ出るが固形物は残る。小麦の麦汁は粘性が高く、ペースト状になりがちなので、小麦だけでビールをつくるのはほぼ不可能である。ドイツのヘーフェヴァイツェンは法律により、小麦麦芽を50%以上用いなければならず、ほとんどのヴァイツェンは60~70%の小麦麦芽を用いてつくられている。そのほかのビアスタイルでの小麦麦芽使用は50%未満が多い。
過去に本コラムの中で、ヘーフェヴァイツェン、ウィットビア、ランビック、ヴァイツェンボックを取り上げた。これらのビールに加えベルリナー・ヴァイセもそうだが、明確な類似点が一つある。これらのいずれのビアスタイルにおいても煮沸段階でホップを使うことは共通しているが、どれ一つとしていわゆる「ホッピーなビール」と呼ばれるものはない。どのビアスタイルでも、ホップは抗菌特性をビールに持たせることと、風味と苦みを加えることを目的として使われているが、顕著なホップの香りや風味は感じられない。
ビールに使われているほとんどすべての原材料にもいえることだが、世界的なクラフトビールの人気の高まりとともに、小麦を取り巻く状況も変化してきた。最初の変化は1980年代におけるアメリカン・ウィートエールの登場である。これは当初、新しいスタイルというよりもドイツのヴァイツェンの再現というかたちで始まった。しかし、ヴァイツェン酵母ではなく、よりすっきりした味わいをもたらすアメリカンエール酵母が使われたために、ヴァイツェンを特徴づけているクローブやバナナのような香りが失われた。アメリカ人ブルワーであればこそ、ホップについても国産のもので、カスケードのように、とくに頭文字に「C」がつくアメリカンホップを使用した。初期のウィートエールには小麦の使用によるしっかりしたボディと泡持ちがよいという特徴がみられたが、本家ドイツのヴァイツェンと似たところはほとんどなく、今日のアメリカン・ウィートエールとも大きく異なる味わいで、いわば小麦入りのアメリカンペールエールというべきものだった。ウィドマー・ブラザーズ社の「ヘーフェヴァイツェン」はヘーフェヴァイツェンを名乗っているが、アメリカの小麦ビールのなかでも初期のもので、柑橘系ホップの香りがあるものの、ペールエールやIPAと比べればホップ香ははるかに弱い。次にスリー・フロイド社の「ガムボールヘッド」を飲んでみると、商品のラベルにあるとおり、大量のアマリロホップの風味が顕著である。このような流れはその後、ホワイトIPAへとつながったが、ホワイトIPAは基本的に、麦汁に十分な量の小麦が含まれているIPA、というものである。ホワイトIPAはまた、ニューイングランドIPAにも影響を及ぼした。このスタイルの多くが口当たりのよいボディと濁りを得るために小麦を使用している。これについては、また別の機会に述べるとしよう。
アメリカ的なウィートエールは日本でも長い間つくられてきた。ナギサビールの「アメリカンウィート」は同社の二つの旗艦ビールのうちの一つで、初期のアメリカンウィートエールの典型的なスタイル。ホップよりも小麦のほうがはるかに大きな役割を担っている。ハイブリッド的で面白いのは、モクモクブルワリーの「春うらら」で、アメリカン・ヘーフェヴァイツェンともいわれている。ヴァイツェンの特徴であるバナナやクローブを思わせるエステル香が顕著でありながら、しっかりとしたボディとホップの特徴はむしろアメリカンウィートを思わせる。2005年あたりから市場に出ており、是非飲んでほしいビールだ。うしとらブルワリーは「まほろばウィート」「澪引きウィート」など、ホッピーなアメリカンウィートを何種類かつくってきており、それらのほとんどはアルコール度数が高め(6%以上)で、柑橘系でトロピカルな果物を思わせるホップの味が特徴である。
クラフトビールの世界でホップ志向が強まってきて、だれかがアメリカンIPAのホッピング技術をドイツのヴァイツェンに導入するのは時間の問題となっていた。そしてそれは2007年5月、ブルックリン・ブルワリーの醸造長ギャレット・オリバーがドイツへ渡り、シュナイダー・ブルワリーのハンス・ピーター・ドレクスラーとのコラボレーションで、「シュナイダー・ブルックリナー・ホッペンヴァイセ」(アルコール度数8.2%、40IBU。のちに「シュナイダー・ヴァイセ・タップ5・ホッペンヴァイセ・ヴァイツェン・ドッペルボック」に名称変更)を醸造する、というかたちで実現した。この淡色のヴァイツェンボックは、伝統的なフェノール系ヴァイツェン酵母を使用し、ハラタウ・トラディションやサフィールといった、ドイツ産ノーブルホップを惜しみなく投入している。果実味が強くスパイシー、そして麦芽の特徴が出ているこの怪物は、新しく生まれた同スタイルのリーダー的存在となった。その2か月後、大西洋を挟んだアメリカでは、同じブルワーのコラボレーションにより、「ブルックリナー・シュナイダー・ホッペンヴァイセ」(8.5%)がつくられた。シュナイダー社の酵母と、アマリロ、パリセードといったアメリカンホップによるドライホッピングの手法を用いてつくられており、まったく異なる印象のフルーツ感を出している。残念なことに数年後には終売となってしまったが、今では世界中のブルワリーがホッペンヴァイセを手がけるようになっている。
しかし日本においては、ホッペンヴァイセはビアスタイルとしては人気があるが、その名前は浸透していない。国内では多くのブルワリーがホップを利かせたヴァイツェンを「ニューイングランド・ヴァイツェン」と呼んでおり、これは日本におけるヴァイツェン醸造の大御所、富士桜高原麦酒の宮下天通に倣ってのことである。ニューイングランド・ヴァイツェンが実際に初めてつくられたのは2018年のこと。志賀高原ビールで、富士桜高原麦酒の創業20周年を記念して両社のコラボレーションでつくられた。ホップが大量投入されたウィートエールで、そののちにつくられたバージョンと比べるとヴァイツェン酵母の特徴はあまり強く出ていなかった。同年、富士桜高原麦酒は周年記念として3種類のIPW(インディア・ペール・ヴァイツェン)をリリース。3種類ともアルコール度数6.5%で、富士桜高原麦酒のヴァイツェン酵母の特徴が前面に出ており、それぞれが異なる品種のホップが大胆に投入されていた。ニューイングランドIPAの人気を見た宮下は、このビールを新しいビアスタイルに対する彼独自の解釈にしようと決心したことにより、IPWという呼称は結局その後使われなかった。「ヴァイツェン好きはあまりIPAを飲まないし、IPA好きはヴァイツェンをあまり飲みません。どちらのグループも楽しめるような、ハイブリッド的なものをつくりたかったし、もっと多くのIPAファンにヴァイツェンを飲んでもらうことが狙いです」と彼は説明してくれた。
宮下のニューイングランド・ヴァイツェンへのホッピング方法には3通りある。1.ワールプールでフレーバーとアロマを得るためにおこなうレイト(遅めの)ホッピングにより、苦みを加えることなくジューシーなホップフレーバーを生み出す。2.酵母がまだ活動しているあいだに二次発酵槽でドライホッピング(ニューイングランドIPAに類似)することで、強力なホップアロマが生まれる。3.ボーンヤード・ブルーイングとのコラボレーションにインスパイアされた宮下が考えついた独自の方法で、クロイゼンに使う熱い麦汁のケグの中にホップを入れてホップ麦汁をつくる。クロイゼンとはドイツの伝統的な手法で、一次発酵の終えた若ビールに新鮮な麦汁を加えることにより、麦汁の糖分が発酵してビールに炭酸ガスをもたらすというもの。このホップ麦汁とドライホッピングをほどこすことにより、ホップアロマが一層複雑なものになると宮下はいう。
ここ数年で富士桜高原麦酒はいくつかのニューイングランド・ヴァイツェンを相次いでリリースしており、それらはいずれもさまざまなホップの組み合わせが特徴になっている。最近出た2種類のビールはどちらも新種のアメリカンホップ「タラス」を使用している。「冬の終わり」はタラスのほか、ニューイングランドIPA系のホップから2種類、シトラとモザイクを使用。複雑なホップの特徴が出ており、トロピカルフルーツと香草、樹脂のような香りが柑橘香を引き立てている。一方、「起死回生」はタラスのシングルホップで、このホップの特徴が際立っている。ココナッツとパイナップルといったトロピカル感がしっかり出ており、酵母由来のメロンとバナナの風味も感じられる。これまでにリリースされたシングルホップビールとしては、「El Dorado」(エルドラド)、「不撓不屈 」(ザッパ)、「ホップの宝石」(アイダホ7)、「雲外蒼天」(エクアノット)がある。何種類か並べて飲み比べてみると、とても面白い。
大山Gビールの岩田秀樹は同様の技法を用いて、ニューイングランド・ヴァイツェンスタイルの「ANOTHER WEIZEN」(7.5%)をリリースした。これも大変すばらしい仕上がりで、大山Gビールがつくるほかの小麦ビールの美味しさを知っている人の期待を裏切らない。ヴァイツェンボック麦芽と酵母の特徴が最大限に引き出されており、トロピカルかつ柑橘系のホップも際立っている。箕面ビールからはシーズナルビールとして「ホッピー・ヴァイツェン」(5%)が定期的にリリースされているが、この低アルコールぶりはめずらしい。知名度は箕面の大人気ビール「桃ヴァイツェン」に及ばないものの、美味しさはまったく劣らず、ホップ由来の柑橘香と完熟マンゴーのような芳醇な香りが、酵母由来の豊かなクローブフレーバーと見事に調和している。
フルーツを使ったフロリダスタイルのベルリナー・ヴァイセから、ホッペンヴァイセ、ホワイトIPA、ニューイングランド・ヴァイツェン、ウィート・ワインまで、クラフトビールの中で小麦が果たす役割が大きく広がっていくのを見るのは楽しい。一方で、これらの新しいビールに対しては否定的な意見もある。ドライホッピングによる香りと、ヴァイツェン酵母由来のフェノール香の混ざった匂いがどうしても好きになれない、という声を何度か聞いた。彼らが言いたいことはわかるが、ホップの種類によって、従来のビアスタイルよりもこれらの新しいスタイルのビールに使うほうがしっくりくるホップもある、と個人的には感じている。これらが新しくて楽しいハイブリッドなビールであることは間違いない。IPAは飲み飽きたが、ヴァイツェンを飲みたいという気分にもなれない、という時は、ホッピーなウィートエール(呼び名は何にせよ)を試してみてほしい。とくにこれからの暖かくなる季節にはピッタリだ。


