このコラムで前回セゾンを取り上げたのは2013年春号だった。当時、セゾンといえば「セゾン・デュポン」、またはそれに似せたビールを指していて、日本では少数のブルワリーしかセゾンをつくろうとすらしていなかった。しかし、この8年で状況は確実に変わった。米国の創意あふれるブルワーたちによって、セゾンは「ワロン(ベルギーの南半分を占める地域)のファームハウス(農家)でつくられるビール」という概念を超えて、さまざまな穀類、ホップ、酵母、副原料や手法を用いてつくられるようになり、今やその種類の多さから、もはや共通している点が何かわからなくなるほどである。しかし、それについてはまた別の機会に考えることにしよう。
ゾンは、農家が冬に仕込み、暑い時期とくに収穫期に飲むビールとしてつくられたエールに由来する。当時は、おもに農場で栽培した穀類、ホップや香辛料を使ってつくられていたので、ラガーの基本的な4つの原料よりも多くの原料が使われていたことになる。自然に存在している酵母と菌によって発酵されていたので、現在ほとんどのセゾンには複数の酵母菌株が使用されていたり、ここ10年で人気を集めている混合発酵(ミックスファーメンテーション)の手法が用いられたりしている。現代の醸造設備で昔の農家の環境を再現するために、大麦の麦芽だけでなく、地元で採れる別の穀類を使用したり、木樽での熟成、地場産のホップ、果物、香草や香辛料を入れたり、ブレタノマイセス(以下、ブレット)酵母や乳酸菌以外にも異なる菌を使用して混合発酵させたりと、より複雑な味わいをもつビールをつくるためにブルワーたちは試行錯誤を重ねてきた。また、ベルギーのブルワリーでつくられる伝統的なセゾンにより近づけるため、瓶内二次発酵(ボトルコンディション)の完成度を高めることに力を注いでいるブルワーもいれば、かつての農家の人たちが飲んでいたであろう低アルコールのセゾンをつくろうとするブルワーもいる。
2013年の記事で取り上げた日本のセゾンは、ベアードビール「セゾンさゆり」と志賀高原ビール「山伏」のみだったが、これらのビールは現在でも製造されている。セゾンさゆりはレシピを毎年少しずつ変えてリリースされていて、山伏は果物、香辛料や熟成樽に変化をもたせ、「山伏」シリーズとしてこれまで数十種類のセゾンがつくられてきた。この二つのビール(山伏の場合は各バージョン)は、見つけたらぜひ飲んでみよう。
現在、セゾンやそれに近いビールをつくるブルワリーは、日本国内だけでも数百はあるだろう。志賀高原は、2013年以降50種以上のセゾンをリリースしており、いわば先導者的な役割を果たしている。しかし、近年ではセゾンに注力した新しいブルワリーが登場したり、このスタイルに全力で取り組むようになった既存のブルワリーも増えてきている。
今回は、最近リリースされた革新的な日本のセゾンやファームハウスエールに焦点を当ててお届けする。たくさんある素晴らしいセゾンをただ羅列していくのではなく、ユニークで独創的、かつ美味しいセゾンをいくつかピックアップして紹介しよう。いつもながら、レベルが高くとも、この限られたスペースでは全部を取り上げられないことを先に断っておく。また8年経つ前には、それらのビールも紹介できるといいのだが
奈良醸造「インテグラル」:瓶内二次発酵の技を極める
瓶内二次発酵:ベルギーのブルワリーでは、セゾンをつくるときには昔から瓶内で二次発酵させていたので、それほど革新的な工程ではないように思える。しかし、日本においてはまだ比較的新しい手法で、奈良醸造は、本物のワロンスタイルのセゾンを再現するためには、瓶内二次発酵がいかに重要な役割を果たすかをこのビールで示している。何種類かのセゾンをケグ(樽)でリリースしたあと、2020年前半に750ミリリットル瓶で「フレミング」の2つのバージョンを発売した。どちらも瓶内二次発酵したものだが、そのうちの1つにはセゾン酵母にプラスしてブレット酵母も入れられた。同年、フレミングの代わりに「インテグラル」が、同じくブレット版と通常版で登場。アルコール度数7.5%のインテグラルは、高アルコールのいわゆる「スーパーセゾン」ではないが、かなりパンチが効いている。香辛料が利いたファームハウス酵母の特徴、ハチミツとパンのような麦芽、そしてさわやかで華やかなスティリアンゴールディングホップが際立ち、見事な仕上がりだ。そしてなにより、ボディが素晴らしい。グラスに注ぐと泡立ちが良く、ふわふわの泡がこんもりと立つ。すっきり、かつピリッとしていて、筆者が飲んだ国内のビールの中では、ベルギーの「ブルワリー」がつくる標準的なセゾンに一番近い。
ブレット版は、通常版からさらにパワーアップしている。強い果実感、とくにモモ、ウメ、アンズのような核果類、柑橘、リンゴが感じられ、納屋の干し草のような特徴をもつ。後味は辛口でシャンパンに近い。ブレットの特徴は時間とともに進化していくので、開栓する前に1年以上熟成させることをおすすめする。
京都醸造「若気の至り(レベル・ウィズ・ア・コーズ)」:尖ったテーブルセゾン
京都醸造は2015年に醸造を開始してから、少なくとも37種類のセゾンをリリースしている。「一期一会」は年間を通してつくられているが、2020年までは「春夏秋冬」シリーズで、季節ごとに新しいセゾンがリリースされていた。しかし、このシリーズは同ブルワリーがファームハウススタイルに進出するため今年で終了。代わりにお目見えしたのは超低アルコールの「若気の至り」だ。京都醸造ではこれまでにも「ささやかな至福」(4%)や「一汁多彩」(3.5%)など、気軽に楽しめるテーブルセゾンをつくってきたが、若気の至りはアルコール度数を1%に抑えるため、通常とは異なる方法で醸造されている。
大手メーカーが製造販売しているような「ビール風飲料」や低アルコールビールの中には、まったく発酵されていなかったり、ただ水で薄めただけのものもあるが、若気の至りにはコールドマッシュ(冷水で麦芽を浸漬すること)という技術が使われている。でんぷん質から糖分への分解を抑えることで、アルコール生成を抑制するという仕組みだ。しかし、通常のビールと同量の麦芽を使用しているので、アルコール度数5%のセゾンとは違いながらも、ほとんどの低アルコールビールに比べて麦芽の特徴やボディがしっかりと出ている。セゾン酵母特有のピリっとした特徴があり、シムコー、アラミスとカスケードでドライホップされているので、酔いたくないけどちゃんとしたビールを楽しみたいときには最適なビールといえよう。
京都醸造では今年、同ブルワリーとしてははじめて瓶内で二次発酵させたセゾン「古道をゆく」(375ミリリットルと750ミリリットルサイズ)をリリース。今後も続けてこのようなビールがリリースされることを願う。
ヨロッコビール「バレルエイジングプロジェクト(Y/B/A/P)」:混合発酵、地場産の副原料と木樽
一年を通じてつくられている「ペニンシュラセゾン」に加え、ヨロッコビールはこれまで膨大な数のファームハウスエールを生み出してきた。そしてその多くには近隣の農場で栽培されている果物、野菜や香草が使用されている。2021年は「フロム・ザ・ローカルズ・バックヤード」シリーズとして、カモミールを使用したセゾンと、梅を使用したセゾンがリリースされている。またハイビスカスを使った「フロール・デ・ジャマイカ」や、箕面ビールとコラボして仕込まれた、すももを使った「プラムボン」も発売。Y/B/A/Pはセゾンが大多数を占めているが、地元で収穫された原料を使用するのはもちろん、熟成に木樽を用いるのと、ブレット酵母を使用していることで伝統的な製法を大切にしているのが見て取れる。
2021年にはほかにも、山梨のワイナリーから取り寄せた赤ワイン樽(木樽)で11か月熟成させた「ドライホップドブレットセゾン」、地元で獲れたキンカンを使用し、フランス産の赤ワイン樽で15か月熟成させた「キンカンブレットセゾン」、そしてフランス産の3つの木樽で、それぞれ異なる菌株のブレット酵母を投入し熟成させたビールをブレンドした「バレルブレンデッドセゾン」の新しいバージョンがリリースされた。バレルブレンデッドセゾンは、赤ワインとオーク樽からのタンニンが強く、納屋を思わせるブレットの特徴もはっきりしていて、木樽からの影響が大胆に出ている仕上がりだ。瓶内での発酵が進めば、もっとブレット感が出てくるのだろう。キンカンブレットは赤ワイン、オーク、納屋と華やかなキンカンのバランスが素晴らしい。時間が経過すると果実の風味が弱くなりそうなので、熟成とともに美味しくなっていくような感じはしない。Y/B/A/Pのリリースは数に限りがあるので、早めに購入しなくてはいけないが、その価値はある。
セカンドストーリーエールワークス「ファームハウス2021」:混合発酵、ドライホップ、複数の穀類を使用したファームハウスエール
セカンドストーリーは、2018年に徳島県にある古い農家の建物で醸造を開始した。このブルワリーはIPAが有名だが、「セイントよしえ」シリーズで梅やカルダモンを使用したセゾンをそれぞれリリースしたりと、数多くのセゾンをつくってきた。「ファームハウス2021」は、2019年の「アメリカーナ」や「ジャポニカ」のように、既存のセゾンより一歩進んだビールだ。大麦、玄米とライ麦を使用し、黒コショウを加えてつくられたファームハウス2021は、セゾン酵母2種とブレット酵母の3種類の酵母によって発酵。タンクで4か月発酵したあと、ハラタウブランとモザイクでドライホップが施され、瓶かケグに詰められたのち、さらに4か月熟成されて2021年9月にリリースされた。
8か月経過した時点では、ブレットの特徴がはっきりとわかるほどになっていたが、残っているマルトースを今後も分解していくことは容易に想像できた。しかし、ホップの存在感はまだ強く、アンズなどの核果、柑橘と南国の果物のような甘美な香りが漂っている。ブレットの働きをきちんと理解するために、2019年のファームハウスエールと飲み比べてみることをおすすめする。2019年のビールはホップの香りと糖分がほとんど消えているが、納屋のようなファンキーな特徴が突出している。
2021年後半には桃を使用したブレットと乳酸菌のファームハウスエールがリリースされる予定なので、注目しておこう。
アングロジャパニーズブルーイング「ルバーブサンライズ」:フーダーで2年熟成!
ルバーブセゾン
ビールの原料としてはまったく馴染みのない植物、ルバーブ。日本ではほとんど知られておらず、欧米でもカボチャ同様、甘いパイに入っている野菜として認識されている程度だ。ベルギーのカンティヨン醸造所が2008年にはじめてルバーブのランビック「ナス」をリリース。アングロジャパニーズブルーイングは2015年に同ブルワリーとして初のルバーブセゾンを発売した。ルバーブが酸味、柑橘と果実のような香りを添えている。ルバーブサンライズはまずスチール製タンクで発酵させたあと、40バレルサイズのオークフーダー(木製の発酵樽)に移され、ブレットを追加。そしてフーダーで2年熟成させたあと、ビール1リットルに対し50グラムの地場産ルバーブを投入している。
出来上がりは、長期間にわたる発酵により、いわゆる「馬小屋」と古いなめし革の香りをもつ、非常に複雑な味わいのファームハウススタイルのセゾンだ。オーク樽由来のタンニンは、果実味あふれるルバーブによって、良いバランスが保たれている。このフーダーからのブレンドビールがもっと出てくることを楽しみにしている。
麦雑穀工房「NaRa ライペンドセゾン」:自家栽培の穀類を使用、フーダーで熟成
埼玉県にある麦雑穀工房は、自営の農場を持つブルワリーだ。「雑穀ヴァイツェン」には当初からずっと自家栽培のライ麦と小麦が使用されている。2014年に、農場で収穫されたライ麦を使った「ラスティックセゾン」をリリース。その後、自家栽培の大麦を製麦するようになり、現在モルトの使用比率は家製麦芽が17.8%、自家栽培のライ麦が10.7%を占めており、ホップはセンテニアル、酵母にはフランスとベルギーのセゾン酵母が使用されている。「彩(いろどり)」は、自家栽培または地場産の原料を使用して風味付けられたセゾンのシリーズで、基本的にラスティックよりもベースビールはシンプル、アルコール度数が少し低めの設定になっている。このシリーズでの最新作「No.11」にはミントが使われているが、これ以前には農場で獲れたユズ、塩漬けレモン、ミカン、山椒や梅のバージョンもつくられており、麦芽は100%自家製だ。そして、このラスティックセゾンをベースに、フーダーで発酵させた「NaRaシリーズ」が昨年新たに登場。アメリカンオーク樽で2か月熟成、樽由来の乳酸菌で乳酸発酵されたビールには、同じく樽由来のタンニンが風味を添えている。ライプンドセゾンは風味付けされていないバージョンだが、レモン、オレンジ、核果など芳醇な果実の香りが際立っている。その陰にはクリームのような乳酸による酸味と、納屋のような香りがあり、オーク樽のタンニンが全体をまとめている。
今年はNaRaシリーズで3種類のビールがリリースされている。まず、ヤマモモの学名でもある「ミリカルブラ」。発酵槽に、出来立てのセゾンと自家栽培か近隣の農場で収穫されたヤマモモが85キログラム入れられ、2か月熟成させたものだ。「NaRa ピチュン」にはヤマモモの代わりに福島産の白桃を120キログラム使用、「NaRa ハーヴェステッドホップ&山椒」にはその名の通り、自家栽培のホップと、自営農場と近隣の農家が育てた山椒が使われている。「NaRa ピチュンドゥー」は、ラスティックセゾンと「ダークフルーツセゾン」を、1回目の仕込みで投入された桃が入ったままのフーダーに入れ、4か月熟成させている。
つくるセゾン全部の麦芽を自家製にするのはまだ難しいが、穀類、ホップや果実など、自家栽培や地場産の原料を使用し、木樽で自然発酵させたりと、麦雑穀工房のセゾンは「ファームハウスエール」の言葉の意味で考えれば本物だといえる。そしてどのセゾンも素晴らしい仕上がりだ。
当然ながら、これまで紹介したビール以外にもファームハウスエール/セゾンは国内に数多くある。埼玉県のしきびあ(SHIKI BEER)は秀逸なボトルコンディションセゾン(750ミリリットル)を数多く生み出している。ヤッホーブルーイング「僕ビール君ビール」は全国各地のコンビニで買えるし、常陸野ネストビールの「セゾン・ドゥ・ジャポン」もすぐに見つけることができる。レベルの高いセゾンを生み出しているブルワリーはほかにもあり、ワイマーケット、バテレ、大山Gビール、ファーイーストブルーイング、イグドラジルなどはほんの一部だ。ソングバードビールも、セゾンとしては出していないが、ファームハウスにヒントを得たビールを多数つくっている。これらすべてを飲んでみてほしいが、この記事はとくに今年リリースされたユニークで独創的なビールに焦点を当てている。ヘイジーIPAやフルーツサワーが注目を集める昨今、セゾンスタイルがこれほど大きく進歩しているのを目にするのはうれしいことだ。地元の原料を積極的に使うブルワーが増えていて、フーダーやオーク樽を取り入れたり、混合発酵を試したりする動きも広がっており、今後セゾンは日本で拡大し続けていくだろう。


