イタリアンピルスナー。この名前を聞いて、「ペローニナストロアズーロとかモレッティのこと? チェコはピルスナー、ドイツはピルス、イタリアならキャンティとカンパリでしょう」と思っている読者もいるだろう。その気持ちもわかる。しかし、イタリアンピルスナーは実在するビールなだけでなく、今や海を越えて米国や日本でも人気に火が付きはじめている。そして暑い日に最適なビールかもしれない。
以前このコラムでは、チェコとドイツのピルスナーとインディアペールラガーについて紹介した。一般的に、チェコのピルスナーは麦芽の特徴が出ていてコクがあり、おもにザテック(ザーツ)などのボヘミアンホップの香り、味と苦味が強い。それに対して、ドイツのピルスはボディが軽く、麦芽の特徴もそれほど強くなく、ホップの香りも弱めと全体的にすっきりとしているが、苦味が際立った味わいだ。ホップはハラタウ、ヘルスブルッカー、スパルト、サファイアなどのドイツ産ノーブルホップの品種が使用されている。インディアペールラガー(以下、IPL)にはニューワールドのホップが使われることが多く、通常ドライホッピングが施されるが、チェコやドイツではドライホッピングは基本的に行われない(日本でもかつてそうだったが、ドイツでは1516年に制定されたビール純粋令の影響が強く残っており、2012年までこういった手法は禁止されていた)。IPLではさまざまな種類の麦芽が使用される傾向にあるが、味やボディを特徴づけるためにクリスタル麦芽やミュンヘン麦芽が用いられることが多い。またほとんどの伝統的なピルスナーはアルコール度数が5%以下であるのに対し、IPLはアルコール度数7〜8%など。高めの銘柄が多く見られる。
麦芽の特徴、そして使用されるホップでみると、イタリアンピルスナーはドイツのピルスにもっとも近い。最大の違いは、イタリアンピルスナーはドライホッピングされている点にある。なぜ「イタリアン」と呼ぶのか不思議に思う人もいるだろう。そのルーツは、北イタリアにあるビリフィーチョ・イタリアーノが1996年にはじめて醸造した草分け的ビール「ティポピルス」までさかのぼる。ブルワーのアゴスティーノ・アリオリは、樽(カスク)の中でドライホッピングされた英国式カスクエールにインスパイアされ、より華やかで、香りの高いピルスを求めていたという。彼はドイツでの標準的な発酵温度より高い温度で発酵させるが、そうすることで果実のようなエステル香が生まれる。また煮沸の火を止めたタイミングと、一次発酵そして二次発酵でホップを加える。酵母がまだ活動しているときにドライホッピングすると、ホップの特徴の深みが増し、なめらかになると考えられている。ヘイジーIPAにおける酵母の働きにも似ているかもしれない。とはいえ、イタリアンピルスナーはIPAのようにホップの存在感があるビールを目指しているわけではない。ホップが利きつつも、IPAやIPLにありがちな草っぽい感じや南国風の、「みずみずしい」ホップの特徴ではなく、華やかでハーブや香辛料を思わせる、バランスの良い洗練されたノーブルホップの良さが出たビールこそイタリアンピルスナーなのだ。しっかりとした麦芽の風味がありながら、全体的に辛口で、キリっとした後味にほどよい苦味が残るスタイル。シンプルで、バランスが取れたビールであるからこそ、ノーブルホップの繊細な複雑性が際立つことのできるビールなのだ。原材料が少ないがゆえに、その品質と新鮮さが味を決めるマルゲリータピッツァに例えられるのもうなずける。
筆者は日本でティポピルスを飲んだことがあるが、3、4年前に一度だけだ。多くのイタリア産クラフトビールがそうなように、恒常的に輸入するには難しく、コストが高かったのだろう。国内で時折入手可能なイタリア産イタリアンピルスナーはビリフィーチョ・デュカートの「ヴィア・エミリア」がある。いずれのビールも、イタリア国内ではバーや酒販店で容易に購入できるが、イタリア以外の国では見つけるのが大変だ。
しかしここ数年、日本を含めた世界各地でイタリアンピルスナーがつくられるようになってきた。その先駆けとなったのは、ファイアストーンウォーカーが2012年にリリースした「ピーヴォ」だ。「イタリアン」とは明記されていないが、ブルワー自身がティポピルスのスタイルを参考にしてつくったと発言している。主流のイタリアンピルスナーよりもレモンの風味が強めで、レモンアイスティーのようにも感じられるが、仕上がりは素晴らしく日本でも簡単に購入することができる。フォートポイントの「スフィツィオ」も入手しやすい。前者と比べて、レモン、マツ、ミントとハーブの香りがするこのビールは、ホップの特徴がより複雑に感じられ、辛口で苦味が残る後味は北ドイツのピルスを思わせる。オックスボウの「ルッポロ」も日本で見かけたことはあるが、流通量は少ないように思える。高い評価を得ているビールなので、ぜひ探して飲んでみよう。最近日本に輸入が開始されたバージニア・ビア・カンパニーの「ベリッシモ」も筆者の飲みたいリストの上位に入っている。
日本でつくられた最初のイタリアンピルスナーは、ウエストコーストブルーイングの「ノー・クラウズ・ノー・プロブレム」か、箕面ビールとオックスボウがコラボしてつくった「モンキーフィスト」のどちらかだろう。いずれも2019年後半にリリースされ、ともに最近再リリースされた。ノー・クラウズ・ノー・プロブレムにはハラタウミッテルフリューのホップが使用され、レモンとハーブの香りが際立ち、麦芽はハチミツとかすかに穀物のような特徴が出ている。暑い日本の夏にぴったりだ(近ごろでは秋になっても暑さが続くが)。しかしもちろん、ある特定のビールが好きなら、ブルワリーの販売時期によって限られる場合は別として、飲む季節にこだわる必要はない。
モンキーフィストには、ビスケットとほのかな甘み、フルボディでかすかなアンズが感じられる麦芽の特徴があり、これまで筆者が飲んだイタリアンピルスナーの中では一番のお気に入りかもしれない。ホップは主張しすぎず、果実や花というよりは、ハーブ、香辛料と松ヤニの香りが複雑に絡み合っている。ほかのビールと比べると夏らしさはひかえめかもしれないが、ビールとしての成熟度は増している。
これ以外にもまだまだある。今年の夏、目を引く鮮やかな青い缶で発売されたベアレンの「ザ・デイ イタリアンピルスナー」を見かけた読者もいるだろう。このビールは2021年の限定ビールではあるが、認知度が高く、このコラムを書くきっかけとなったビールだ。ホップは果実味にあふれ、華やかでハーブの香りが強い。このスタイルのビールとしては甘さもあるが、後味には苦味が残る。これには低温殺菌が関係していると考えられるが、いずれにしろ美味しいビールで、さらに値段も手ごろときている。
うれしい驚きといえば、ちょうどこのコラムを執筆中に飲むことができたリパブリューの「ピルスピルス」。華やかで香辛料、ハーブと果実を感じるホップと、すっきりとした麦芽の特徴が出ていて、トーストしたイタリアのパンや塩味のあるクラッカーを思わせる味わいだ。同ブルワリーのビールの中では一番のお気に入りとなった。
またこのスタイルのビールをつくったブルワリーは日本国内にも数多く存在する。京都醸造は2020年に「新天地(ニューフロンティア)」をリリース。バッチごとに、新しいホップの組み合わせでつくられている。
このシリーズの2番目に醸造されたビールにはスパルトホップが使用され、このスタイルに求められる果実、草とハーブの香りを生み出している。今年の春には、忽布古丹が「新境地」という世界初ともされるインペリアルイタリアンピルスナーをリリースした。アルコール度数6.5%のラガーがどのような仕上がりになったか気になるところだ。デビルクラフトもホップが利いたヘレスとして「ヘルベンダー」を何度かつくっているが、イタリアンピルスナーに影響を受けているのは明確だ。コロナ禍で筆者が把握しきれなかったビールもまだまだあるだろう。
標準的なピルスナーよりも香り高く、IPAやIPLよりも繊細で洗練されている。イタリアンピルスナーはまだ認知度は低いかもしれないが、着実にその存在感は増している。筆者はこのビールを飲むと、ドイツのソーセージプレートや米国のBBQとは対照的な、イタリア料理のアンティパスト(前菜) を思い出す。少し軽めで、地中海の雰囲気が漂う、より洗練された味わいだ。


