ヴィンディッシェッシェンバッハ(Windischeschenbach)
6月の晴れた朝、ミュンヘン中央駅で急行列車に乗り込んだ。駅構内でビールが販売されており、いくつかの銘柄が気になったものの、向かう先には十分すぎるほどのビールがあるはずなので、ここは水で我慢する。レーゲンスブルクに到着して(あっという間のように感じた)、ヴィンディッシェッシェンバッハ行きの電車に乗り換える際、売店でツォイグルの瓶を購入した。ヴィンディッシェッシェンバッハ。なかなかインパクトのある名前だ。これを直訳すると、スラブ人(windisch)の近くにあるトリネコの木(eschen)のそばを流れる小川(bach)という意味を持つ。ここからチェコ国境までは、わずか25キロメートルの距離だ。
ビール愛飲家のあいだで有名なミュンヘンやバンベルクほどの知名度はないが、人口5000人ほどの小さな町ヴィンディッシェッシェンバッハは、世界でもっとも古く、もっとも珍しい醸造の伝統を持つ町の一つだ。そこでつくられているのが、ツォイグルと呼ばれる低温殺菌をおこなわない無ろ過のラガーだ。地域の共同醸造所で仕込みがおこなわれ、その麦汁をブルワーが家に持ち帰って自前の貯蔵室で発酵されるところに特徴がある。出来上がったビールは、発酵タンクから直接グラスに注がれ、訪れた客に提供されるので、自宅は実質的にパブの役割も果たす。
「ツォイグル」という言葉は、ビールを販売している目印として家(パブ)やレストランが店の外に掲げる「bierzeigel」を略した「zeigel」が訛って「zoigl(ツォイグル)」になったことに由来している。昔は、この目印は木の枝が使われていたかもしれないが、現在は六芒星(ユダヤ教のダビデ星に似ているが、歴史的な関係はない)が、ツォイグルをつくって提供する家(パブ)やレストラン(ツォイグルシュトゥーベと呼ばれる)の軒先に掲げられている。六芒星は二つの正三角形を上下に重ねた形だが、一つの三角形は火、土、空気の要素を、もう一つはビールの原料である水、麦芽とホップを示しているとされる。
ヴィンディッシェッシェンバッハにはツォイグルシュトゥーベが7つあるが、訪れた週末は「ツムポステレ(Zum Posterer)」のみが営業予定であった。ヴァルトナープ川を渡って坂を上った先はノイハウス(Neuhaus)地区で、そこには6つのツォイグルシュトゥーベがあり、この日は「タイシャ(Teicher)」だけが営業していた。共同醸造所でツォイグルを仕込み、自宅で発酵させ、居間兼パブで客にビールを振る舞うのは、彼らにとっては副業でしかないので、営業日はパブ同士が持ち回りで決めている。たいていの場合、月に一度の週末、金曜から月曜まで営業している。営業日をまとめた年間カレンダーが発行されているので、その週末はどこで飲めるのかが確認できるようになっている。
午後、町を歩いていると、いくつか閉店中のツォイグルシュトゥーベを通りかかった。そのうちの一つ「バイム・グローゼル(Beim Gloser)」は来月営業予定だ。ツムポステレは目立たない外観で、目印の星に気づくまで2度前を通り過ぎてしまった。星が小さく、にぎやかな店内は中に入るまでわからない。
扉を開けて中央の廊下を歩いていくと、小さなビアガーデンに行きつく。バルコニー下の小さなスペースに設けられた屋外席で、「ガーデン」と呼ぶのもはばかられるほどの規模ではある。ゲームが好きそうな20代とおぼしき若者3人が一つのテーブルに、そして中年男性の6、7人のグループ客がもう一つのテーブルでビールを飲んでいる。隅にある小さなテーブルに向かうと、全員が筆者に目を向けた。こういう場所には一人客がほとんど来ないということを筆者は知ることになる。テーブルで10分ほど待って、中にウェイトレスを探しにいこうとしたところ、ちょうど注文を取りにきてくれた。メニューで唯一のビール、ツォイグル(500ミリリットルでわずか2.1ユーロ!!)とバイエルンゲロイヒャーテス(bauerngeräuchertes)を注文。「農家の気まぐれスモーク」と書かれたこの品(4.3ユーロ)はきっと美味しいだろう予想して選んだ。出てきたのは燻製されたハムで、とても美味。厚くスライスされた黒パンとバター、そして唯一の野菜の付け合わせとして小さなピクルスが添えられている。フードはハムやソーセージ、チーズ、農家らしいボリュームのあるパンを使ったメニューが中心で、軽食のみの提供になっている。
「ポステレ・ツォイグル」はオレンジ色から琥珀色がかった、にごりのあるビールだ。最初の1杯は少しの泡しかなく、ほとんど炭酸がないビールだったが、2杯目はおだやかな炭酸に、3センチほどの泡が立っていた。1杯目は樽の最後に注がれたものだったのだろう。果物のような香りがあり、トフィー(バターを使用したあめ菓子)、パン、リンゴとかすかなメロンを思わせる。味は香辛料の利いたキャラメル、リンゴ、パン、シナモンと胡椒を感じ、ボディはおだやかで厚みがある。1杯目は炭酸がほぼなかったが、2杯目はより発泡していた。後味はピリッと、胡椒のような刺激があり、苦味が残る。煮沸には通常よりも長い時間をかけたような、キャラメルとトフィーが際立った、とてもユニークでピリっとしたビールに仕上がっている。
ここのメインルームは、小さなカウンターが付いた大きいダイニングルームのようだ。40人以上が入れそうな広さで、古めかしい木製の家具がいい雰囲気をかもし出している。訪問したのは午後の時間帯で、客層はおもにグループで来た年配の客が多く、屋内のテーブルで飲み食いしていたが、遅い時間にはもっと多くの人でにぎわっていることだろう。
ポステレの向かいには精肉店併設の「ヴァイサー・シュヴァン(Weisser Schwan、白鳥の意味)・イン」がある。ヴィンディッシェッシェンバッハで唯一、毎日ツォイグルが飲める店だ。ここの料理は肉料理が充実していて美味しそうだが、今回は入り口近くのテラス席に座り、ビールだけ注文することにした。
「ヴァイサー・シュヴァン・ツォイグル」は鮮やかな黄金色で、ややにごりがあり、やわらかな発泡の刺激がある。3センチほどの泡立ちで、見とれるほどの美しさだ。レモンとパンのような麦芽を思わせる香りに、胡椒、ピリッとしたホップ、レモンとオレンジを感じる素朴で甘味のあるビールだ。発泡具合はおだやかで軽め。素晴らしい出来のビールだが、ポステレのようなユニークさはない。味はミュンヘン地域でつくられる、すっきりとして飲みやすい無ろ過ヘレスビールに似ていると感じた。
エヒター・ツォイグル・フォム・コムンブラウワー:共同醸造によってつくられた正真正銘のツォイグル(Echter Zoigl vom Kommunbrauer)
ノイハウスに向かう途中、駅に戻る道沿いにヴィンディッシェッシェンバッハの共同醸造所を見つけた。驚くほど小さな室内は30平方メートルほどで、レンガづくりの高い煙突と「醸造権は1455年から保有している」旨を記したサインボードが掲げられている。かつては町内にほかにも3つの共同醸造所があったが、1848年の大火災ですべて焼失し、ここだけが再建されたという記述もある。
バイエルン州オーバープファルツ行政管区では現在5つの共同醸造所が運営されており、醸造権を所持している住民なら誰でも伝統的な「エヒター・ツォイグル(正真正銘のツォイグル)」をつくることができる。権利は土地に属しているので、この地で家を購入すると醸造権が付与される仕組みだ。最近では、権利を所有する住民の少数のみが醸造しているが、ノイハウスでは毎年住民に分配する分の仕込みをおこない、自宅で飲めるだけの分量を持ち帰っている。
共同醸造所の所在地は以下のとおり。それぞれはじめて醸造権が付与された年と、一般向けに販売されているツォイグルが飲める店の数を示している。
| 共同醸造所 | 醸造権が付与された年 | 店の数 |
| ヴィンディッシェッシェンバッハ | 1455 | 10 |
| ノイハウス | 1415 | 6 |
| ファルケンベルク(Falkenberg) | 1467 | 3 |
| エスラルン(Eslarn) | 1533 | 1 |
| ミッタータイヒ(Mitterteich) | 1516 | 3 |
ノイハウスとヴィンディッシェッシェンバッハでは、ブルワーが共同で醸造所を所有しており、それ以外では町が所有している。ビールをつくるごとに、ブルワーは「ケトルフィー(釜使用料)」を醸造所に支払い、そのお金は施設の維持管理のために使われる。この地域外で、ドイツで現在も運営されている共同醸造所は、バンベルクの北側に位置する小さな町ゼスラハ(Sesslach)だけとなっているが、ここでは町全体で1種類のビールしかつくられていない。ここのビールはツォイグルとは呼ばれないが、似たスタイルで町内に多数あるパブで飲むことができる。
オーバープファルツ行政管区内には、月に一度の週末に営業を行うツォイグルのパブが数十ある。これらのパブでは、前述の5つの町のいずれかでブルワーがつくったエヒター・ツォイグルか、ツォイグルと名を付けた、実際には共同醸造ではつくられていないケラービアが提供されている。ツォイグルシュトゥーベで飲みたいツォイグルハンターにとっては物足りないかもしれないが、ツォイグルシュトゥーベが閉店しているときも、これらのパブなら週末に営業していることが多いので、訪問した際に飲みたいツォイグルが飲める唯一の選択肢となるかもしれない。
共同醸造をおこなっている5つの町のうち、ヴィンディッシェッシェンバッハとノイハウスにはブルワーがもっとも多く、さらに電車でのアクセスが一番良いので、ツォイグルの旅にはまずここが拠点となるだろう。ファルケンベルクはここから10キロメートルほど、ミッタータイヒ(21キロメートル)とエスラルン(43キロメートル)はさらに遠く、車がないと難しい(サイクリングに自信のある人は別だが)。また、ブルワー数も少ないので、毎週末ツォイグルが飲めるとは限らないのだ。
ツォイグルビールのスタイル自体はめずらしいものではない。広義でいえば、ドイツのケラービアにあてはまる。つまり、無ろ過ラガーだ。筆者が飲んだエヒター・ツォイグルは、鮮やかな黄金色から濃い琥珀〜オレンジ色で、香りと味でいえば、フランコニア地方のケラービアとドゥンケルランドビア、またはチェコの淡色ラガーと白ビール(「酵母ビール」とも)のあいだに分類されるだろう。麦芽をふんだんに使用しているが、風味がほどよく抑えられているので、コクがありパンのようではあるが、甘すぎない。豊かな麦芽の特徴は、たいていの場合、タンパク質含有量の多い麦芽、デコクションマッシング(訳注:マッシュの一部を加熱可能な別の糖化槽に移して沸騰させ、その沸騰させたマッシュをふたたび元の糖化槽に戻すこと)と長い煮沸時間によって表れている。5つの共同醸造所のうち、4つは薪を使用して直火で釜を加熱していた。ミッタータイヒの醸造所では石炭で直接熱している。直火を使用することで、麦汁(ウォート)のカラメル化が進むのだろう。また、ツォイグルはハラタウ系のホップが豊富に使われ、香りよりも味と後味に存在感を強く感じられる。
古い写真を見ると、農家の人々が馬車で麦汁が入った大きな木桶を自宅に運んでいる様子が写っている。現在は、麦汁を3000リットル以上詰めたタンクを、車やトラクターにつなげてけん引して運ぶ。以前は、その木桶で発酵させたあと木樽で熟成し、必要なときに樽に蛇口を打ち込み、重力で注がれていたが、今は現代的な発酵槽を使用している。しかし、日本では一般的な円すい型ではなく、欧州で多くみられる水平型の円筒タンクだ。最長で10日間ほど発酵したあと、熟成タンクに移されて3週間から4週間ほど熟成する。ツォイグルシュトゥーベではこのタンクから直接注いで提供されている。
ノイハウス
筆者は丘を登ってノイハウス(厳密にはヴィンディッシェッシェンバッハの一部)に向かい、ホテル「ツム・ヴァルトナープ」にチェックインした。ここでも毎日ツォイグルが飲める。このホテルは町の中心部に位置し、近くにはツォイグルの店が6店舗ある。そのほかには教会があるくらいで、レストランや商店などは見当たらなかったので、タイシャに人が集まるのも納得がいく。本当に、ほかに行くところがないのだ。
午後7時を回ったころ、ホテルを出てタイシャに向かうと、奥地にあるこのビアガーデンは人であふれていたが、席を見つけることができた。天気の良い暖かな6月の夜、この店は満席だ。筆者以外全員が地元住民のようだ。皆ドイツ語で会話をしていて、お互いを知っている様子だった。客層はカップル、少人数の男性グループがいくつかいたが、家族連れと年配のグループがほとんどで、それぞれ良い天気とビールを楽しんでいる。また、ご飯をしっかり食べるというよりも軽食をつまむ程度で、酔っ払っている様子の人は誰もいない。ウェイトレスも多くの客を見知っているようで、時折座って言葉を交わしていた。ほとんどの客は1時間ほどで店を出て、車やバイクで帰っていった。

「タイシャ・ツォイグル」はポステレとほぼ同じ濃い琥珀色からオレンジ色をしていて、にごりがあり、きめ細かい泡が少量乗っている。香りはパンやビスケット、ハチミツ、オレンジとトーストを思わせる。味はトーストのようなカラメル、オレンジ、ハチミツ、パンと穀類で、あとにはピリッとしたほのかな苦味が残る。絹のようになめらかで、炭酸がひかえめな素晴らしいボディのビールだ。
料理は2種のソーセージ、チーズとプレッツェルがセットになった料理を注文。ソーセージはメットヴルスト(ひき肉の腸詰め)とシュトライヒヴルスト(塗るタイプのソーセージ)の2種で、いずれも燻製されているが、生肉に近い。バイエルン州の田園地帯ではよく食べられているようだ。ビールには合うが、個人的にはもう頼まないかもしれない。もう一杯ツォイグルを注文したあとは少量のヒンベアガイスト(ラズベリーのブランデー)を頼んだ。ドイツのシュナップス(蒸留酒)は、リンゴ、洋ナシ、サクランボやベリーなどの果物を発酵させて蒸留したものを指す。このヒンベアガイストは、果実味にあふれてふくよか、まさにラズベリーを凝縮したような味で、水や氷は加えずストレートで飲むのが一般的だ。
筆者の向かいにいたカップルが話しかけてきたが、数分後には会話が途切れてしまった。筆者がツォイグルを飲みに来たアメリカ人だということに気づいたのだ。ホテルの従業員の女性は英語を話したが、彼女は例外のようだ。筆者のつたないドイツ語により外国人であることは明らかだったが、ポステレにいたゲーム好きそうな若者だけが、注文の仕方を尋ねたときに英語で返してくれたので、この辺に住む人たちは英語をほとんど話さないと見ていいだろう。訪れたパブの店員全員がドイツ語のみで話してきたので、ここを訪れるときは必要最低限のドイツ語を学んでおいたほうがよさそうだ。多くの人たちはフレンドリーで、興味を持ってくれていたので、会話さえできればきっと素晴らしい時間を過ごせるだろう。筆者はドイツ語をもっと勉強してくるべきだったと悔やんだ。
タイシャを出て町をぶらついていると、「シャッファホフ・ツォイグルトゥーベ」の門が開いており、中にある雰囲気のよいビアガーデンでたくさんの人々がビールを飲んでいる様子がうかがい知れた。当然ながら、筆者も入って一杯飲むことにした。ここのビアガーデンは、このエリアで行った中で一番きれいだ。本物の庭には花や木が植えられ、丁寧に手入れされており、ビールを発酵する貯蔵庫として使用されている趣きのある倉庫からは大型のテントが設営されている。
この日は特別な自家醸造家クラブのイベントがおこなわれていた。というのも、人々が自家醸造のビールを取り出して皆に振る舞っていたからだ。多くの人が英語を話していたので、北欧出身だったかもしれない。筆者に話しかける人もいないので、ツォイグル(今回の旅で一番の美味しさだった)を飲み干すと、代金を支払い、知らずにイベントに参加してしまったことを謝って店を出た。明らかに筆者はそこにいるべきではなかったが、誰も咎めることはしなかった。
「シャッファホフ・ツォイグル」は弾けるようなオレンジ色で発泡具合も上々、グラスにはこんもりとした泡が立っている。鼻を近づけるとレモンとオレンジのシャーベット、ハチミツ、ビスケットとパンのような麦芽の香りが立つ。口に含むとかすかな酸味とカラメルを感じ、ミュンヘンスタイルの麦芽でコクが出ている。後味には心地いい刺激が舌先に残る。チェコのビールによく似ている。飲みやすく、美味しい。

ファルケンベルク
翌朝、バイエルン州のホテルならではの肉、卵とチーズがたっぷりのボリュームのある朝食を食べたあと、「クラマーヴォルフ・ツォイグル」を飲むためにファルケンベルクに向かうべくタクシーを呼んだ。このエリアではタクシーはめずらしく、料金も高い。12キロメートルの移動で40ユーロほどかかったが、その価値はあった。というのも、英語を話すこの運転手は、昔のツォイグルについていろいろ教えてくれたのだ。彼に今回の旅の目的はツォイグルだと話すと、彼は「30年前、この辺のツォイグルはひどいものでした。炭酸もなく、提供温度も高かったのです。匂いもひどく、味も汚染されたような味がしました。今のような美味しいものではなかったのです。もちろん、4、5杯飲めば味に慣れるようになりますが、それまではとにかく不味かったのです」と話した。写真で見たような木桶に生息する細菌がその一因だったのではと思う。この日は日曜日で、客も少ないと思ったのか、彼は帰るときのために電話番号を渡してくれた。もちろんお願いするつもりだ。
2010年代前半、共同醸造所を有する町同士が手を組んで、ツォイグルを観光の目玉として観光客を呼び込む試みをおこなった。すべてのブルワーがビールを同時にリリースするというフェスティバルのような「ツォイグル・デー」を催したが、失敗に終わったようだ。4〜5週間ごとに仕込むことに慣れていたブルワーたちは新しいスケジュールにすぐ順応することができず、イベントで出されたビールはまだ飲めない状態だったり、翌月の営業時に常連客に出すビールが用意できないという事態が多発した。ツォイグル・デーはそれ以降開催されることはなかった。
オーバープファルツは観光客向けではない。ドイツ人がこのエリアを自転車でツーリングしている様子は見かけたが、前述の自家醸造家たちをのぞいては、ほとんどが現地に住む住民だ。近隣には観光地もそれほどなく、公共交通機関も少ない。しかし、景色はとても美しく、自転車用の道路も充実しているので、自転車をレンタルしてほかの町も見てみるのをおすすめする。日本とは違い、数杯のビール、もしくは「ラードラ―」を飲んだあとに自転車に乗るのは合法で、一般に浸透している。ビールをレモネードで割ったラードラーは、「自転車に乗る人」という意味で、彼らが酔うことなくたくさん飲めるように考案された飲み物だ。ただ、エヒター・ツォイグルをレモネードで割るのは罪深いことように感じる。ともかく、タクシーがあまりなく、料金が高いとなれば、自転車で町を巡るのが一番のように思える。もちろん、飲んだあとに自転車に乗る際は気を付けなければいけないが、自転車専用レーンがあるので、安全性はある程度確保されている。
日曜の午後、ファルケンベルク(ハヤブサの山という意味)に到着すると、クラマーヴォルフは満席だった。道路沿いの席には空きがなかったので中に入ると、そこも満席だったが、5人の年配客がいたテーブルに座って、この旅一番のツォイグルを3杯飲み干した。無ろ過のチェコピルスナーにとても似ている。ここでは驚くほど安い値段で美味しそうな料理が提供されていたので、誰もがシュバインハクセ(ドイツの肉料理アイスバインを焼き上げたもの)やザウアーブラーテン(マリネしてから調理した肉)をつまみに楽しんでいた。これらはわずか7、8ユーロで提供されていたのだ。筆者はまだお腹が減っていなかったので、ヴルストサラト(ソーセージサラダ)を注文した。酢漬けのボローニャハムと玉ねぎだったのだが、これさえも十分すぎるほどの量に感じた。
50代後半か60代の女性がすべてのビールを運んでいて、あたかもビールの鬼かのように動いていた。筆者のビールは有無を言わせず目の前に置かれ、1杯目が飲み終わると2杯目が置かれた。3杯目も同じだったので、それ以降はストップせざるを得なかった。もっと飲みたかったが、食べ物でお腹が満杯だったのだ。客層のほとんどは年配客だが、家族連れもたくさんいた。同じテーブルに座った人たちは、筆者に興味を持ってくれると同時に、ここの方言でジョークを言ったりと、優しい人たちばかりだ。筆者もなんとか自分の知りうるドイツ語で話そうとしたが、やはりもっとドイツ語が話せてればよかったと思った。ここの店に観光客が来るのかは不明だが、隣に座っていた女性が冗談めかして「観光客は一度も来たことはありませんよ」と言った。ツォイグルは確かに地元に根差したもので、多くの若者が農業以外の職を求めて大都市に向かう中、このような小さな村では、ツォイグルの店以外に飲み食いしたり会話を楽しむ場所がないのだろう。
「クラマー・ツォイグル」は琥珀色からオレンジ色をしたビールで、なめらかな泡立ちが特徴だ。はじめには香辛料が利いたホップの香りが漂い、オレンジ、コクのあるビスケット麦芽とほのかなバターとトフィーを感じる。甘くねっとりとした味があり、ハチミツ、オレンジ、トフィーとかすかなダイアセチルの存在感がある。ダイアセチルははじめは強く感じるが、二口含んだあとは、ちょうどいい塩梅になった。チェコビールにとても似ている。おだやかなボディに、軽めながら舌先を刺激するだけの炭酸がある。ピリッとした後味はパンのような麦芽を引き立てる。完璧に近い。これまでで一番のツォイグルだ。
相席をしていた人が、自宅用のクラマー・ツォイグルが入った小さな木樽を持った男性を指差した。ここで飲めるだけでもうれしいのだが、嫉妬してしまった。筆者も自宅に持って帰れたらいいのに!
クラマー・ヴォルフを出て、共同醸造所を見てみるべく外に出ると、ファルコンピークのふもとにあるこの醸造所は、前述の2つの醸造所よりも規模が大きいのが見てとれた。そこから、タクシーを呼ぼうか考えながら町を歩いていると、「ヴォルフアドゥル・ツォイグルシュトゥーベ」も営業していることに気づいた。すばらしい。営業カレンダーによると、ここは今週営業していないはずだったのだ! 立ち寄ると、つまみを提供していないせいか、手で数えるほどの客しかいなかった(もしくはクラマーのツォイグルがもっと美味しいから?)。そこから1時間のあいだに、15人のほどの客が来てにぎやかになった。ビールは美味しかったが、まだ熟成が足りないようで、先ほどのクラマー・ヴォルフにはかなわない味だった。屋外の席はとても快適で、パブ自体も素晴らしい。人々もいい人ばかりで、帰るときにはタクシーを呼んでくれた。このときに飲んだツイグルはいつもの質だったのかが気になる。本来なら営業する週末ではなかったので、熟成期間が足りなかったのではないかと思う。
「ヴォルフアドゥル・ツォイグル」はオレンジ色から琥珀色がかった鮮やかな色で、かすかなにごりと、しっかりとしたなめらかな泡立ちのビールだ。仕込み日に漂うようなウォート(麦汁)や生地を思わせる麦芽や穀類の香りが漂い、また香草のようなホップの香りがかすかに立つ。抑えられているように感じるが、甘く、ほのかな麦汁の味がして、オレンジとレモン、若草、ほのかなカラメル、リンゴとかすかな刺激のある後味。香りよりも味わいのほうが深いが、それでもまだ若い感じがする。ライ麦パンのようなパンの香りとチョコレートが際立っているが、あと数週間寝かせたあとに飲みたいと感じた。
さようなら、ツォイグル
ノイハウスに戻ると、タイシャでもう一杯パイントを頼み、そのあと滞在先のホテルで今回の旅で最後となるエヒター・ツォイグルを注文し、パティオで味わった。
「ヴァルトナープ・ザウザヴィンド・ツォイグル」は今回の旅で一番印象に残らないビールだ。オレンジ色と琥珀色の中間くらいの色味、にごりがあり、低めでしっかりとした泡立ちがある。オレンジ、レモン、ハチミツとビスケットの香りがあり、甘めの味だ。シンプルなビールだが、ホップの存在感がほとんどない。悪くはないが、特別でもない。2杯目はシュナップスを頼んだ。
月曜の朝、レーゲンスブルク行きの電車に乗るため駅に向かう。正直なところ、もっと見どころがあり、豚肉以外の食べ物があるにぎやかな都市部に向かうのが楽しみだ。ツォイグルは素晴らしいものだったが、丸2日を人里離れた場所でほとんど誰とも話さず一人で過ごすのはもう十分に感じた。ヴィンディッシェッシェンバッハにはまだ飲んでみたいツォイグルがあるので再び訪れたいが、次は誰か誘って来ることにしよう。
駅の前には「ヴュルトブルワリー」があったので立ち寄って瓶ビールを4本購入した。「ツォイグルボック」と「ツォイグルドゥンケル」など、すべてツォイグルの記載があるが、ホテルで飲んでみるとがっかりした。本当のツォイグルとはまったく違う。レーゲンスブルクで飲んだ「シェルデル・ツォイグル」と「ビッショフスホフ・ツォイグル」はそれよりもややましだったが、いずれも普通の無ろ過ラガーで、ツォイグルの名前を利用して利益を得ようとしているのには変わりなかった。ドイツにはツォイグルの名を冠したビールをつくるブルワリーはいくつかあるが、5つの共同醸造所でつくられたものだけが本物のツォイグルだ。不誠実極まりないブルワリーもある。しかし、ツォイグルという名前のビールをつくるブルワリーのうち、ゲンスタラー醸造所(本誌第29号参照。彼らの「ツォイグル」と「ゴールデンスモークドツォイグル」は秀逸)や、共同で醸造する日を設けている米国オレゴン州の「ツォイグルハウス」は、ツォイグルの伝統に敬意を持っているのがわかる。それでも、本当のツォイグルではない。将来的には、シャンパン(地理的表示保護)やグーズ(伝統的特産品保証)のように、ツォイグルもEUから何らかの保護が受けられることを望む。
ツォイグルへの道のり
ツォイグルがつくられている地域へ行くには、それほど難しくはないが時間がかかる。もっとも重要なのはタイミングだ。ツォイグルをつくる町には年間を通してツォイグルを提供するホテルやレストランもあるが、やはり伝統的なツォイグルシュトゥーベよりは見劣りする。ヴィンディッシェッシェンバッハ、ノイハウスとファルケンベルクでは毎週どこかの店が営業しているが、ほかの町ではそういうわけでもない。旅行を計画するときは、年間の営業日が記載されているツォイグルカレンダーをダウンロードして情報を集めよう。
ツォイグルシュトゥーベを回りたいなら、ヴィンディッシェッシェンバッハとノイハウスがもっとも便利だろう。ヴィンディッシェッシェンバッハは電車でのアクセスがよく、レーゲンスブルク(およそ1時間15分)、ニュルンベルク(1時間30分)、ミュンヘン(3時間)、プラハからも4時間で到着する。町内には「ヴァイサー・シュヴァン」や「ツム・ヴァルトナープ」など、常時ツォイグルを提供するホテルもいくつかある。Airbnbも選択肢としてある。繰り返しとなるが、ほとんどのツォイグルシュトゥーベは月に1度の週末、金曜から月曜までの営業だ。基本的には、町ごとに毎週末1つの店が営業しているが、運が良ければほかにも営業していることもある。レーゲンスブルクから日帰りも可能だが、電車は1時間に1本しかないことを覚えておこう。
少人数のグループや家族向けに、バイエルン州を旅するのにお得な切符がいろいろ発売されている。バイエルンチケットなら、1人分の片道切符の2倍の金額で、レーゲンスブルクから1日往復券が4人分購入できる! 時間に余裕があって、電車で旅しているなら、レーゲンスブルクまでの途中にあるヴァルトナープまたはヴァイデンで降りるのも良いだろう。両駅の徒歩圏内に、ヴィンディッシェッシェンバッハまたはノイハウスのエヒター・ツォイグルを出すパブがある。
ここまで来たなら、レーゲンスブルクをぜひ見て帰ろう。市内には世界的にも有名なレーゲンスブルク大聖堂があり、歴史のある街並みがとても美しい。市内には醸造所がいくつかあり、古くからあるクナイティンガー醸造所のドゥンケルはドイツでも指折りの美味しさだ。シュピタール醸造所にはドナウ川沿いに景色のいいビアガーデンがあり、ドナウ川や大聖堂を眺めながらさまざまな種類の美味しいビールを楽しむことができる。近くのバーバー(Laaber)には日本でも人気が高いプランク醸造所があり、世界的に有名なヴァイツェンがつくられている。レーゲンスブルクの南には、電車ですぐの距離にケルハイムとシュナイダー醸造所がある。そこから、バスと船で移動すると、1000年近い歴史のあるヴェルテンブルク修道院醸造所もある。ドナウ川下流のオーストリア国境の近くには、これまた美しく歴史のある都市パッサウがあり、ここでは2008年以降、由緒ある醸造所が2つなくなってしまったが、現在もハックルベルクを含む2つの醸造所が存在する。ビール好きにとって、この地域には興味をそそるものがあふれている。これらの醸造所や店がコロナ禍を乗り越えて、我々がまたドイツの田園地方に美味しいツォイグルを求めて自由に旅に出ることができるとき、変わらず店を開けてくれていることを願わずにはいられない。


