愛媛県の県庁所在地で、四国最大の都市である松山市は、歴史や文学に触れつつ、グルメも満喫できる人気の観光地だ。市内には日本最古の温泉や現存する天守が残っており、日本を代表する文豪ゆかりの地でもある。愛媛県全体も穏やかな気候と豊かな自然に恵まれ、瀬戸内海と太平洋が交わる場所に位置していることで、海産物もよく採れる。
数ある名物の中でも群を抜いて有名なのが柑橘類の栽培で、愛媛といえば何を連想するか、と町をゆく人に質問すれば、十中八九「みかん」と答えるだろう。他にも鯛の養殖が盛んにおこなわれ、県内のレストランでは必ずと言っていいほど鯛が提供されている。このような特色から、愛媛県はグルメの印象が強く、その全てを味わうのに最適な場所が松山だ。
松山旅行のスタート地点として、まずは松山城に向かうといいだろう。天守は標高132メートルの勝山の山頂にあり、松山全体を見下ろす姿が印象的だ。現存12天守(江戸期以前に竣工)の一つで、城内には21棟の重要文化財が展示されている。その歴史的価値以外にも、城を囲うように広がるスペースは周辺地区の絶景スポットとして人気で、城の最上階からは松山や瀬戸内海を360度見渡すことが可能だ。桜の見頃を迎える時期になると、天守の周りは鮮やかなピンクで彩られる。夜になると桜はライトアップされ、写真に残したくなる美しさだ。この後の松山グルメに備えてお腹を空かせたい場合には、各登城口から天守の入り口まで20〜30分ほど歩いて向かうといいだろう。ロープウェイやリフトも運行してしており、わずか数分で頂上まで連れていってくれる。
お腹は空いてきただろうか? それなら市の中心地、勝山の南東に位置する大規模な商店街、大街道に向かうといい。松山城付近、そして大街道エリアには愛媛・松山グルメを堪能できる飲食店が並んでおり、食事には困らない。愛媛県を代表するグルメとして全国的に有名な愛媛の鯛めしには、実は2種類あるのをご存知だろうか。鯛の刺身をだし醤油と生卵の入ったタレに絡め、ご飯に乗せて食べるのが宇和島鯛めしで、焼いた鯛をご飯と一緒に昆布出汁で炊いたものが松山鯛めし(または北条鯛めし)だ。生の鯛のぷりっとした歯ごたえと甘み、炊いた身のふっくらした食感と旨み、それぞれ全く異なる美味しさがあるので、滞在中にはぜひ食べてみてほしいが、多くの店が鯛がなくなり次第終了するので要注意だ。大街道と道後温泉近くに2店舗ある「松山鯛めし 秋嘉」は、上記2つの鯛めしが楽しめる一石二鳥の食事処だ。鯛めしの他にも、じゃこ天やせんざんぎ(骨つきの唐揚げ)といった愛媛の郷土料理も揃っている。また、松山市に3店舗展開するニューヨークスタイルのコーヒーショップ「Amanda Coffee’s」も大街道で見つけることができる。豊富なドリンクメニューだけではなく、愛媛産の鯛を使用した瀬戸内鯛カツバーガーなどのフードも魅力で、広々とした店内は地元住民の憩いの場となっている。
さらに、松山のソウルフードとして必ずチェックしておきたいのが鍋焼きうどんだ。甘辛い味付けの牛肉と練り物、ネギ、油揚げが入っており、シンプルではあるが具沢山な一杯だ。松山の鍋焼きうどんはその甘いスープが特徴で、初めて食べる場合は驚くかもしれない。しかし出汁の味もしっかりとしており、具材や柔らかなうどんとの相性もよく、お好みで七味を入れるとアクセントになる。全国的に寒い時期に食べられる鍋焼きうどんだが、松山では専門店が複数あり1年を通して食べられている。中でもおすすめのうどん屋が、「鍋焼きうどん アサヒ」だ。昭和22年(1947年)の創業以来、77年間地元住民に愛されてきた店である。アルミ鍋に入った熱々のうどんは、蓋を開けると湯気とともに出汁の良い香りがし、食欲がそそられる。常連客の多くがうどんと一緒に注文するといういなりずしも、優しく懐かしい味付けでおすすめだ。
アサヒ4代目の川﨑哲子が「昔の松山観光といえば、団体で道後温泉に行き宴会をすることが主流でしたが、2000年に坊っちゃんスタジアムができた頃から個人の観光客も増え、町を歩いて地元の人が行くような店を訪れるというケースが増えました」と松山の変化を教えてくれた。朝10時の開店時には行列ができ、早い時だと13時には麺が売り切れるという。アサヒは、大街道の商店街を抜けた先に続く、銀天街という商店街の一角に位置している。
先ほど話に出てきた坊っちゃんスタジアムというのは、松山市中央公園野球場の愛称で夏目漱石の小説『坊っちゃん』から名付けられている。彼自身も明治28年(1895年)に英語教師として松山に赴任してきており、この経験から執筆した前述の小説の舞台にも愛媛が選ばれている。さらに、松山は彼と同い年で友人だった近代俳句の父・正岡子規の出身地としても知られ、彼らをはじめとする文芸家や作品と縁が深いことから、松山は「文学のまち」として知られているのだ。
文学のまちという特徴をさらに強く印象づけるのが、司馬遼太郎の作品『坂の上の雲』だ。正岡子規と、日露戦争での勝利に貢献した軍人、秋山好古・真之兄弟、そして松山の地元住民を中心に、近代国家を目指す明治時代の日本を描いている。この8部構成の作品(1968年〜1972年にかけて『産経新聞』夕刊にて連載)は、2009年から3年間にわたり、NHKでテレビドラマ化された。松山市内にある「坂の上の雲ミュージアム」では、彼らの生きた時代をより深く知ることができる。歴史と芸術について、もう少し学びたい方はミュージアムのすぐ隣にある「萬翠荘」へ向かうことをおすすめする。こちらは旧松山藩主の子孫の久松定謨伯爵の希望で、フランスのネオルネッサンス建築を元に1922年に建設された。現在この建物は国の重要文化財に指定され、絵画や俳句の展示やコンサートが定期的に開かれている。
大街道だけでも見どころが満載なのだが、ここで満足するのはまだ早い。松山滞在中に必ず訪れたいのが、道後温泉だ。本稿冒頭でご紹介した通り、道後温泉は日本最古の温泉の公衆浴場として知られている。本館(現在改装工事中だが入浴は可能)は1894年に改築されたものだが、湯の歴史自体は数千年以上だという。夏目漱石も頻繁に通っていたとされ、『坊っちゃん』にも道後温泉に入浴する描写が出てくる。市の中心部からもアクセスが良く、大街道からは路面電車で15分ほどの距離にある。年間68万人以上が訪れる観光地だ。駅前から道後温泉本館まで続く道は「道後ハイカラ通り」と呼ばれ、食事処や土産屋が並んでおり、周辺の宿泊施設から浴衣で外出する人などもおり、温泉街らしい雰囲気を味わうことができる。また、国の重要文化財にも指定されている「道後温泉本館」の他にも、「椿の湯」と「飛鳥乃湯」があり、それぞれ異なるコンセプトで道後温泉を満喫することができる。
温泉に入り体が温まったら、冷たく美味しいクラフトビールを飲みたくなるだろう。幸運なことに、松山市には数多くのクラフトビールブルワリーや、バーが存在している。道後温泉に一番近く、湯上がりの一杯にピッタリなのが「道後麦酒館」だ。「坊っちゃんビール」(ケルシュ)や「漱石ビール」(スタウト)など、夏目漱石にちなんだ名前のビールや、愛媛産の果物を使用したフルーツエールなどが提供されている。テイクアウトし、浴衣姿で街を散策しながら飲むことも可能だ。
市の中心地には「DD4D BREWING & CLOTHING STORE」がある。1998年にアパレルのセレクトショップとして開業したのが始まりで、東京のY.Y.G Breweryで働いていた代表の山之内圭太が実家を手伝うために地元にUターンし、2019年から醸造所をスタートした。タップルームと醸造スペースは洋服が並ぶ店内の奥にあり、ユニークな雰囲気を醸し出している。ヘッドブルワーはフィラデルフィア出身のマイク・タナヒュー。週に1〜2回のペースで醸造しており、年間40〜50種類の新作をリリースしている。
クラフトビアバー「Bokke」もビール好きなら訪れるべき一店だ。7つのタップに繋がれているのは国産のクラフトビールで、缶やボトルの販売もおこなっている。アボカドとタコのマリネや牡蠣ときのこのガーリックバター、手羽先の唐揚など、ビールと相性抜群の料理が非常に美味しく、平日でも常連客で賑わっている。フレンドリーなオーナーの澤村和高と会話を楽しみ、ゆったりとした時間を過ごすといいだろう。
松山の地元民にクラフトビールについて聞くと、皆口を揃えて「gogoshima beer farm」がおすすめだという。築150年の古民家を改装し、2022年に開業したこのブルワリーは、松山市の高浜港からフェリーで15分ほどの離島、興居島に位置している。市の中心から高浜港へは、電車で50分ほどかかるので時間に余裕をもって訪れたい。彼らは島の名産品である柑橘類や愛媛県のコメを使用したビールをつくっていて、週末(金土日祝日)はタップルームも営業している。興居島は美しい自然にあふれ、都会的な松山市内とは対照的なため、訪れる価値は十分ある。夏は海水浴スポットとしても人気だ。
ここまでに紹介したクラフトビールスポットは、松山市内にあるほんの一部だ。最近は常にどこかに新しいスポットが誕生しているようなので、さらなる開拓はお任せしたい。クラフトビール探索に、グルメ、歴史的な温泉、そして文学ツアーを組み合わせれば、最高の旅程の出来上がりだ。次の休暇の行き先がまだ決まっていないなら、松山へ行こう。


