ここ数年で、日本のブルワリーの数は2倍以上に増え、いまや1000軒を超えている。当然ながら、ブルワリーは市販の組み立てセットのように誰でも簡単に設置できるものではなく、専門知識を持つプロフェッショナルの力が欠かせない。それにもかかわらず、十分な経験を持たないまま意欲だけで参入する企業も少なくない。そんな中で、重要な役割を果たしてきたのが、スペントグレインである。ベテランブルワーである鈴木諒と永石卓宏が率いる同社は、新規ブルワリーの設計や各種申請手続き、醸造設備一式の輸入・設置に加え、システムを用いた醸造研修など、幅広いサービスを提供している。今回は、鈴木と永石の両氏にこれまでの歩みと今後の展望を伺った。
スペントグレインはいつ、どのような経緯で立ち上げられましたか?
永石:私たちがスペントグレイン(麦芽粕)を使ったクッキーづくりを始めたのは2016年のことです。本来は人間向けに考えていましたが、麦芽粕を原料に含むクッキーは、一度は廃棄物とされたものと見なされ、公共の保健機関からの販売許可を得ることはできませんでした。そこで犬用クッキーを開発し、販売を始めることにしました。その後、私たちはタップシステムの設置に取り組み始めました。これは現在も続けている事業で、そこから少しずつ発展し、やがて醸造設備の輸入・販売、メンテナンス業務へと事業を広げていきました。

なぜ、醸造設備に関する事業に関心を持たれたのですか?
永石:醸造設備に関して言えば、もともと私たちはブルワーですから、日常的に使っている分、その仕組みを誰よりも理解しています。ブルワー同士の会話の中では「ここにこんな機能があればいいのに」とか「デコクション・マッシング(訳註:マッシュ(麦汁と麦芽の混ぜ物)の一部を沸騰させて、再び元のマッシュに戻すことで、全体の温度を上げる伝統的なドイツの糖化法)をやりたい」といった不満や要望がしばしば出ます。私たちはそうした声に応える形で機械を改良してきました。やり方さえ分かっていれば実現できるのです。つまり、私たちが醸造設備の事業に乗り出したのは、自分たちの経験があったからに他なりません。
醸造設備は主にどこから仕入れているのですか?
永石:現在、中国の寧波に拠点を置くTunwellという会社から、醸造設備を輸入・販売しています。事業を始めた当初は、中国から粗悪なステンレス製の設備が数多く出回っていたため、全てを中国から仕入れていたわけではありませんでした。そうした状況の中で、主に仲介役として関わることを考えていたのです。
中国から質の高い設備を仕入れるサポートや、ブルワリーの立ち上げまで手がけていたところから、醸造やその他のコンサルティング支援にも広げていったのですか?
永石:はい、そのとおりです。私たちは設備を設置するだけでなく、経験の浅いブルワリーには醸造や運営面でのサポートもおこなってきました。
それでは、数ヶ月にわたって指導をされていたのですか?
永石:はい。契約期間を設けていました。
例えば、突然ブルワリーを始めたいと言って連絡してきたようなケースはありましたか?
鈴木:実際のところ、そうしたケースはかなり多いです。
例えば、ホテルや、本業に加えてブルワリーを展開しようとする企業などですか?
永石:はい、そのとおりです。ご存知のようにクラフトビールはブームになっているので、「うちも挑戦してみたいのですが、アドバイスをいただけますか?」や「この場所で醸造を始めたいのですが」といった相談を寄せてくる企業が多くあります。ただ、その場合には法的な側面も確認しなければなりません。例えば、その場所で実際に醸造が許可されているのかどうか、といった点です。そうした確認のために、私たちは直接現地を訪れて調査をおこなうこともあります。
それでは、醸造免許の取得も支援しているのですか?
永石:はい、申請のサポートもしています。
ということは、かなり長い期間にわたってサポートすることもあるのですね。クライアントに出会ってからブルワリーが稼働するまで、1〜2年にかけてさまざまな支援をおこなう場合もあるのですか。
永石:そのとおりです。必要に応じてさまざまなサポートを提供しています。
これまでに印象的なクライアントはいましたか? 30年前に日本でクラフトビールが広まり始めた頃には、ホテルや結婚式場がブルワリーを立ち上げるケースが多くありました。そうした事例のように、ユニークなケースはありますか? 例えば、ゴルフ場に併設されたブルワリーなどはいかがでしょうか?
永石:実は現在、私たちはいくつか興味深いプロジェクトに取り組んでいますが、まだ詳しいことをお話しすることはできません。コロナ禍の時期には、さまざまな補助金が相次いで交付されました。その一つが「事業再構築補助金」で、見積り費用の3分の2が税金で賄われるという内容でした。その結果、多くのブルワリーが新たに立ち上がったのです。2016年頃には約300軒だったブルワリーが400軒ほどに増えましたが、現在ではおよそ1000軒にまで達しています。その急増期には、ユニークなブルワリーもいくつか誕生しました。例えば、おっしゃったように結婚式場が「結婚式用に自分たちのビールをつくりたい」として始めたケースもありました。
鈴木:それから温泉旅館もありました。宿泊施設に併設されたブルワリーです。本当にさまざまな企業が参入してきました。
この仕事を通じて、かなりの頻度で出張されているように見えますね。
鈴木:リゾート関連の企業については、まさにそのとおりです。加えて、パチンコ業界のお客様もいました。
パチンコのブルワリーですか?! それは危険ですね(笑)
鈴木:そうなんです。パチンコ業界の企業がブルワリーを立ち上げたんですよ!
もちろん、クライアントの皆さんの成功を願っていると思いますが、実際にはこれらの事業はどのくらいうまくいっているのですか?
鈴木:私たちのクライアントには、大きく2つのパターンがあります。一つは、既存の事業を展開している企業が、直接あるいは紹介を通じて依頼してくる場合です。もう一つは、業界の仲間や友人が独立する際に、私たちを信頼してサポートを依頼してくるケースです。実際、そのような例は少なくありません。その中で、私たちが立ち上げを支援した有名なブルワリーには、Passific Brewingやopen airがあります。
永石:あと、Teenage Brewingもあります。
そうしたところには、すでに他で経験を積んだブルワーがいたのですか?
鈴木:はい、open airのブルワーはNomcraft Brewingの出身です。Passific Brewingには、志賀高原ビールとCRAFTROCK Brewingの出身者がいました。そうした人たちの多くは、すでに豊富な経験を積んでいます。
そうしたクライアントのもとに、レシピ作りを手伝うために時々戻ることもあるのですか?
鈴木:そうした経験豊富な方々のもとに戻ることは、ほとんどありません。なぜなら、彼らにはすでに自分たちでやりたいことがしっかりと確立されているからです。一方で、別のタイプの企業もあります。「とにかく今すぐビールをつくりたい」と言いながら、どんなビールをつくりたいのかというコンセプトがまだ定まっていない場合です。そうしたケースでは、私たちがサポートし、方向性を示していく必要があります。
ちなみに、もし私たちの横浜にあるオフィス内にブルワリーをつくりたいと言ったら、サポートしていただけるのですか?
永石:(笑)もちろんです。喜んでお手伝いしますよ!
普段手がけているブルワリーの規模はどのくらいですか?
永石: ほとんどが小規模なものです。最小では2バレル規模から対応できますが、私たちが得意としているのは10バレル規模です。これまでには20バレル規模のシステムを導入した実績もあります。
それをどのようにして構築しているのですか?
永石:私たちはいくつかの会社と提携しています。電気工事などは、当然ながら専門の電気技師に依頼しています。
ブルワリーの立ち上げでは、女性や日本在住の外国人はじめ、本当にいろいろな方をサポートしてこられたのではないですか?
永石:確かにそうですね。例えば、Karuizawa QやTeenage Brewingなど、女性ブルワーが活躍するブルワリーの立ち上げにも関わっています。
鈴木:女性ブルワーといえば、新潟の山本山高原ブルワリーもそうですね。
永石:そうですね。彼女たちも本当に優れたビールをつくっています。

これまで多くのブルワリーをサポートしてきた中で、例えば「酵母の働きが止まってしまった」といった緊急の連絡を受けたことはありますか?
永石:ほぼ毎日のように、何らかの連絡があります。経験のあるブルワーであればすぐに解決できますが、経験の浅いブルワーからは基本的な質問が多く寄せられます。「コンプレッサーとは何ですか?」「バタフライバルブは開けたほうがいいですか?」といった具合に、本当に初歩的な内容から質問が始まります。
危険につながることもあるのではないですか?
永石:はい、あります。ですので、基本的なブルワリーの衛生管理を教えたり、講義形式で指導をおこなわなければならない場合もあります。
ある意味で、醸造の学校のような存在になっていますね。農大のような大学ではなく、誰でも通えるような学びの場としてです。いっそのこと、本格的に学校を開校してみてはいかがでしょうか。今は廃校となった校舎も数多くありますし、「スペントグレイン醸造学校」と名付けて。
永石:それは面白そうですね。ただ、日本の課題はブルワーの数が不足していることです。やりたいという人は多くいますが、「やりたいこと」と「実際にできること」は別であり、状況はなかなか難しいのです。また、ノウハウや業界とのつながりも必要になります。
これまでに、どのくらいのクライアントをサポートしてこられたのですか?
永石:ブルワリーの設置に加え、缶詰ラインなどの設備を導入したケースも含めると、これまでに70社になります。
すごい。本当に忙しそうですね。鈴木さんはブルワーとしての仕事も別にありますよね。醸造の時間はきちんと取れているのでしょうか?
鈴木:もちろんです。問題なくやっていますよ!
永石:(笑)でも、心配になりますよ。
鈴木:数年前、ちょうどパンデミックが収束し始めた2021年から2022年頃には、先程お話ししたように、政府による支援金の交付が相次ぎました。その時期は本当に仕事が立て込み、すべてをこなすのに苦労していました。ほとんど寝る時間もなく、毎日のように働いていたんです。
現在、新たに取り組みたいことはありますか?
永石:自分たちのブルワリー、つまりスペントグレイン・ブルワリーをつくりたいと思っています。ショールームのような役割を果たす場所にしたいんです。
そのブルワリーは、永石さんが運営されるということですか?
永石:はい、ただ、スペントグレインにはブルワーとして働いている別のスタッフもいます。
この夢を実現させるとしたら、どのあたりの場所をお考えですか?
永石:現在は小田原を検討しています。横浜も魅力的ですが、競合が多くて。
とはいえ、横浜は大きな街ですが、意外とブルワリーはそれほど多くないように感じます。ほとんどはブルーパブですね。ただ、家賃が高いのが難点です。
永石:横浜はどこも家賃が高いんです。少し中心部から離れた場所でも、月額70万を超えるところがあります。ただ、あまり人通りの少ない場所にしてしまうと、なかなか人が来てくれません。
では、小田原ですね!
永石:探してはいるのですが、まだ場所が見つかっていないんです。
そのほかに、実現させたいことはありますか?
永石:スペントグレイン・フェスティバルを開催したいと考えています。先ほどお話ししたように、これまでに70社をサポートしてきたので、そうした皆さんに参加してもらえるようなイベントを構想しています。
鈴木:私たちがこの仕事に携わっている理由は、まず何より自分たちが楽しんで取り組めるからです。それが一番の原動力になっています。ですが、それだけではありません。先ほども少し触れましたが、この業界には長年にわたる課題や不満が存在します。例えば、品質の良い設備が手に入らなかったり、購入しても期待どおりの性能を発揮しなかったり、トラブルが絶えなかったりといった問題です。私たちは、設備の設置まで一貫して手がけることで、そうした問題を解消することができます。現在、国内にはおよそ1000のブルワリーがありますが、正直なところ、本当に優れたビールをつくっているのはそのうちの2割ほどです。では、残りの約800のブルワリーがどうすればレベルアップできるのか。あるいは、これから新しく誕生するブルワリーが、どうすれば最低限の品質を満たしたビールをつくれるのか。理想を言えば、先ほど話したように、きちんとした醸造学校を設立することが一つの答えだと思います。ただ、私たち自身もビールを醸造しながら活動しているため、現時点ではスタートアップ的な形で取り組むしかありません。私たちは、優れた設備を選定からレイアウト設計、作業効率の改善、スタッフが働きやすい環境づくりまでを丁寧におこない、さらに醸造研修も提供しています。こうしたトータルサポートを通じて、ブルワリーが良質なビールをつくれるレベルまで成長できるよう支援していきたいと考えています。そして、こうした取り組みを重ねることで、日本のクラフトブルワリーの中から本当においしいビールをつくるところを、少しでも多く増やしていきたいと考えています。
とても素晴らしい目標ですね! 今日は貴重なお時間ありがとうございました。
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