クラフトビール業界を含む酒類業界は、歴史的に男性中心というイメージを持つ人も少なくない。しかし近年では、女性を積極的に受け入れる動きが広がっている。こうした動きを象徴する存在の一つが、クラフトビール業界で働く女性を支援するために設立されたアメリカの非営利団体「Pink Boots Society」である。3月8日の国際女性デーには、この団体の呼びかけに賛同したブルワリーがビールを仕込み、その利益を還元する活動がおこなわれている。こうした取り組みもあり、女性の活躍の場は確実に広がっている。
神奈川県茅ヶ崎市の「茅ヶ崎ビール」のオーナー、岩瀬望美もまた、業界で活躍する女性の一人だ。彼女は「ローカルファースト」や「循環」をテーマにクラフトビールをプロデュースしている。

岩瀬はもともと都内の百貨店で物流部門に勤務していたが、2013年に茅ヶ崎に移住。2017年には茅ヶ崎駅前に「小皿Bar Suya」を開業した。かつて別荘地だったこともあり、移住者に寛容で個人店が多い街の雰囲気に魅力を感じたという。クラフトビール業界への参入を決めたのも、地域に貢献したいという思いからだった。
岩瀬は「茅ヶ崎市内には現在7社の醸造所があり、ビールの街になれるのではと思っています。茅ヶ崎は音楽シーンでは『湘南サウンド』で広く知られ、名産品としては『しらす』が挙げられますが、これは湘南エリア一帯で獲れるものです。もっと地元に根付いたものをつくりたいと思い、ビールなら100年続くビジネスになるのではと考えました。消費者に家庭の冷蔵庫にどこのビールが入っているか尋ねれば、おそらく大手のビールがほとんどだと思います。しかし、それでは税収が結局は東京に流れてしまいます。それは勿体ない。そこに一本でも茅ヶ崎ビールが入っていれば、茅ヶ崎の循環につながると考えました」と立ち上げ前の思いを語る。こうして約5年の準備を経て、2023年4月25日に茅ヶ崎ビールは開業した。

茅ヶ崎ビールでは、経済的循環だけでなく、地域にさらなる好循環を生み出す取り組みもおこなっている。麦芽の搾りかすは専用機械で牛の飼料に加工し、市内の齋藤牧場で「ちがさき牛」と呼ばれる希少なブランド牛の飼育に活用。そこで育ったちがさき牛は、市内の「熟成肉工房ジロー」という無添加のソーセージなどを加工・販売する専門店で無添加ハンバーグに加工され、ブルワリーレストランで提供される。また、定番ビールの「Chigasaki Weizen」には、市内の大竹農園で栽培される小松菜を使用。ロゴデザインは、茅ヶ崎の姉妹都市であるハワイ・ホノルルを意識したもので、岩瀬のアイデアをもとに市内在住のデザイナーが手がけている。

定番ビールは全6種類。アルコール度数はすべて5.5%以内で、海水浴やサーフィン、マラソンを楽しむ人が朝から気軽に飲めるように設計されている。建物3階のブルワリーレストラン「サーフライダー号」では朝7時からビールを提供。平日は7〜9時までの入店で楽しめる朝会コース(¥2,000/前日までに要予約)が人気だ。5品の料理とデザートに加え、定番ビール6種の飲み放題が付く。土日は7〜10時半まで海鮮やパンケーキなどを楽しめるモーニングビュッフェ(¥1800、+¥900で飲み放題)を開催。11時以降もさまざまなコースが用意され、地元食材とビールをゆっくり堪能できる。豪華客船を思わせる内装からビーチを望めば、日常を離れた時間が流れる。
今後は生産量を拡大し、ビアイベントへの参加も視野に入れているという。女性ならではの視点と地域への愛情を込め、茅ヶ崎の新たな名産品を目指す岩瀬。私たちも、茅ヶ崎ビールを手に取ることで、その思いを応援したい。



