クラフトビール醸造所の始まりには冒険がつきものだが、One Dropのように激しくユニークなものは少ないだろう。オーストラリアの南シドニーの郊外、ボタニーにあるこの小さな醸造所を率いる自由奔放な人々は、大胆なリスクを取り、幸運にも恵まれた。ビジネスの夢を実現するためにあなたはどこまで覚悟があるだろうか? 家族の家を売ることさえもいとわないだろうか?
One Dropは、クレイ・グラントとメグ・バービックの夫婦、そしてブルワーのニック・カルダー=ショールズによって運営されている。醸造所の名前は、レゲエの「ワンドロップリズム」に由来し、最初のビートが落とされる(1拍目にアクセントがない)ことを意味している。夫婦がレゲエ音楽が好きなのもあるが、そこにはさらに深い意味もあるのだ。
クレイは「水に何かが落ちた時、その波紋は外に広がり全てに触れます。それが私たちのブランドの意味です。家族やコミュニティに触れ、いわば波及的効果を生むということです」と説明する。
クレイはニュージーランドの出身で、父の経営する会社で電力線の仕事をしていた。ウェリントン近郊の小さな町、マスタートン(人口約29,000人)での生活に変化が必要だと感じた彼はオーストラリアに移り、同様の仕事をする中でボタニー出身の妻と出会った。
クレイは彼らの始まりについて、「ここには以前、かなりの工業スペースがありましたが、10年以上前から高級住宅地化が進み、マンションが建ち始めました。私たちのような新しい家族がこの地域に引っ越してきましたが、やることが何もなかったんです」と語る。
何もなかった、といってもパブはいくつかあった。しかし、クレイによると木曜と金曜のランチに「schnitz ’n tits」(トップレスの女性スタッフがオーストリアを代表する郷土料理チキンシュニッツェルを提供すること)をまだおこなっているような店だったという。
クレイは「ブルーカラー(工場や建設現場などの生産現場で作業を行う労働者)向けのバーはいくつかあって、それはそれで良いのですが、私やメグ、そして3人の幼い子どもたちにはふさわしい場所ではありませんでした」と続ける。
もうこの流れがどこに繋がっているかお分かりだろう。成長を続ける街には良いブルーパブが必要だ。そこで重要なきっかけとなったのが、2015年にクレイが電力線の仕事を辞め、ケータリング業に乗り出したことだった。彼の業務内容は豚や子羊を串焼きにすることで、シドニーで人気のバッチブルーイングカンパニーが最初のクライアントの一つだった。
「この経験からブルワリーの存在や仕組みを知り、家に帰ってメグにボタニーで出来そうなことがあると伝えたんです」
最初のかなり大きな問題は、誰も彼らに融資をしたがらないことだった。そして彼らの唯一の解決策は家を売ることで、2017年にそれを実行した。幼い子ども3人に家は必要ないのだろうか。
「単純でしたね」とクレイは笑う。そして「愚かだと言う人もいるでしょう。でも、実際には家の売却で少しお金が手に入りました。そして子どもたちと海外旅行に行こうと思ったんです。メグの両親の出身地であるクロアチアに行き、そこを拠点に旅をしながら家族の時間をたくさん過ごしました。素晴らしかった。一生の思い出になる旅行でした」と続けた。

クレイはヨーロッパでの時間を利用していくつかの醸造所を巡った。オーストラリアに戻り課題に再挑戦する2日前には、ザグレブにある「ザ・ガーデン」というブルワリーを訪れた。彼は驚くべきことに、そこで働くブルワーが以前イギリスで醸造していたニュージーランド出身の人物であることを知った。クレイは翌日、再度訪れて彼に会い、簡単なツアーをしてもらった。しかし、クレイがシドニー近郊にブルワリーを開くつもりだと話すと、そのブルワーはあまり納得していない様子だったそうだ。
クレイは「私が宿泊先に戻るとメグがどうだったか尋ねてきたので、『最高だったよ! 私たちのヘッドブルワーに出会ったんだ。ただ、彼はまだそのことに気づいてないけどね』と答えました」と振り返る。
彼らは荷物をまとめてシドニーに帰り、その数週間後に現在One Dropが拠点を置く倉庫を見つけた。クレイによるとその場所は廃墟同然で、かなりの修復が必要だった。それでも彼らは15年のリース契約に署名し、作業に取り掛かった。クレイはクロアチアで出会ったブルワーのニックに「建物のリース契約に署名をしたので、大きな変化に興味があれば来てほしい」とメッセージを送った。
「その時彼はインドに旅行に行っていたので6週間くらい音沙汰がありませんでした。しかし1月に『クレイ、興味があるから一度話そう』と返信があって、すぐメグに『彼をゲットしたぞ』と伝えました。そこからニックがクロアチアでの仕事を辞める準備が整うまで、私たちはオンラインでブルワリーをどう立ち上げるか一緒に考えていきました」と当時のことを説明するクレイ。
自宅を売却してまで資金を調達したブルワリーを運営するために、そんな短い期間でブルワーを雇うのは、少なくとも大胆な決断であることは間違いない。最初から息が合っていたのだろうか。
クレイは「分かりませんが、私は直感的で何かを感じたときには少し進んでみるタイプです。時に自分が何に向かっているのかわからないこともありますが、ナチュラルに導かれるように感じる時もあります。信じてみようと思ったんです」と言う。
2018年初頭、醸造設備がカナダから届く準備が整う中、夫婦はブルワリーのインフラ整備に取り組んでいた。そこで、彼らはニックを呼び寄せて、この場所を見てもらうことにした。
「彼が到着した日の夜、ビーチ沿いのホテルで会って、完全に酔っ払いました」とクレイは笑いながら話す。そして「あれは重要な出来事でしたね。そんな風に仲良くなれる人なら、変な人じゃないってことですから。その後も楽しい時間を過ごし、朝の3時までビリヤードをしました。翌週からは一緒に働き、ビーチで一緒に時間も過ごし、友達になりました」と続けた。
彼らの馬が合ったのは幸運だったが、ほかのところには大きな問題が残っていた。設備が輸送中で、数十万オーストラリアドルをこのプロジェクトに投資していたにもかかわらず、地元行政からの正式な承認がまだ得られていなかったのだ。二人の関係がうまくいったのは幸いだが、別のところで大きな問題があった。水上の設備と数十万オーストラリアドルをプロジェクトに投資していたにもかかわらず、地元の官僚機構から正式な承認を得ていなかったのだ。
クレイは「当時は面白かったです。連邦政府が私たちの建物のある区域を『港専用』に変更したんです。つまり、そこでの事業は港に関連するものでなければならないということです。私たちはパニックになって、投資したお金が全て無駄になったと思いました」と、まるで大したことではなかったかのように笑いながら話す。
IPAは港に大いに関係があるだろう。インディア・ペールエールも結局は、植民地時代にイギリスがインドにビールを輸送していたことに由来する。もちろん、これは政府にとって十分な理由にはならなかったが、ニックとメグは政府に必死に訴え、すでに地元の申請を出していることを主張した。幸いにも、連邦当局は彼らに特例を認めてくれた。

「ここまでのプロセスは少し悪夢のようでした」とクレイは今、軽く笑いながら言う。そして「最終的に2019年1月の最初の週末にオープンできました。2019という数字は私たちの郵便番号でもあるので嬉しかったです」と教えてくれた。
ブルワリーの運営という新たな難題が彼らを待ち受けていた。クレイは、自分たちが何をしているのかまったく分からなかったというが、その中で工夫を凝らし、もちろんニックの経験を活かしながら解決していったそうだ。そして大きな転機は、しばしば予期しない出来事から訪れるものだ。
「ここボタニーにはケロッグのシリアル工場があって、ある日そこの従業員が飲みに来たんです。話をしているうちにコラボの提案をされました。それで、コーンフレークのナイトロミルクシェイクIPAをつくって、ケロッグのロゴを入れたら、凄い反響がありました。ここでは誰もそんなものを見たことがなかったんです」とクレイは笑う。
One Dropは日本からの注文の問い合わせ電話も受けていた。子どもをターゲットにしていると主張するネガティブなメディアの注目もあったが、全体的には彼らにとってプラスの効果となった。さらにその最初の年には、ブルーベリーサワー、ラガー、XPA(エクストラペールエール)の3つのビールがオーストラリアン・インターナショナル・ビア・アワード(AIBA)で金賞を受賞した。
クレイは「少し非現実的な瞬間でした。そういったイベントに参加するのは初めてで、誰も知り合いがいませんでした。私たちはオーストラリアの醸造業界やホスピタリティ業界出身の人間でもないので、誰も私たちを知りませんでした」と当時を振り返る。
クレイによると、ブルワーがすでに確立されたブルワリーを離れて独立し、ファンを連れていくことはよくあることだという。ほかのクラフトビール文化と同様に、それが刺激を生み出し、その流れが続いていく。多くのブルワリーは数種類のビールを主軸商品として製造し、その枠を超えることはほとんどないが、クレイ、メグ、ニックは、その道を選ばなかったことで、より大きな自由を得られたと考えている。それが自分たちにとって正しい選択だったのだ。
クレイはさらに「始めたばかりの頃、アルコール度数6%のパッションフルーツサワービールをつくりましたが、みんな度数が高すぎると言いました。ほかにも、なぜミルクシェイクビールをつくるのかと聞かれたこともありました。そのようなことが数多くありましたが、気にせず自分たちの道を進もうと考えました。それ以来、私たちはビールを通して体験を提供するというスタイルに進化しています。今では、人々が濃厚なスムージーサワーを飲んで驚く様子を見るのが楽しみです」と語る。
コロナ禍でロックダウンが厳しかったオーストラリアで、彼らには新たなチャンスが訪れた。ロックダウンのニュースを聞いたとき、彼らは地元のピザ店に行き、何もできることはないと笑い飛ばしたという。そのとき、タンクにはクレイが「かなり突飛だ」と表現する2種類のビールがあり、そのうちの一つはナイトロペイストリースタウトだった。
「もう何も気にせず、クレイジーなことに挑戦してみようという感じでした」とクレイは語る。「そこで、ダブルバニラカスタードの濃いナイトロパンケーキシェイクIPAをつくりました。それが私たちのスタートで、新しい体験でした。人々はオンラインでそれを購入してくれて、私たちはこのまま突き進もうと決めました。みんな家にこもってやることもなく、お金もあったので、One Dropのビールをオンラインで買い始めました。それが、今の私たちを形づくったのです。すでに進んでいた道ではありましたが、そのスピードを一気に加速させてくれました」
現在、One Dropはオーストラリアにおいて、濃厚でフルーティーなサワービールの先駆者と見なされている。クレイとメグは醸造の経験がないため、人気のスタイルを狙うのではなくコンセプトを考案し、ニックが醸造する。彼らは一緒にビールのアイデアを考えており、例えばメグは灰色のビールをつくりたいと提案しこともあるそうだ。
そのビールについて「コンクリートみたいに見えるんです」とクレイは笑う。「そういったアイデアはたくさんあります。ニックは素晴らしいシェフなので、彼がすべてをまとめて、うまくいくようにしてくれます」
彼らのビールは新しい体験を提供してくれるだけでなく、消費者のフィードバックからも味が良いことが明らかだった。最初は地元向けに提供していたが、ニックがメルボルンで販売代理店を見つけ、One Dropのビールを取り扱い始めると、すぐにその人気が高まった。
クレイは「その後、シドニーやニューサウスウェールズが、『メルボルンがあなたのビールを評価するなら、私たちも取り扱いを始めよう』と思ったらしく、それが最初の流れでした」と冗談まじりに話す。
その刺激的な数年間の間にチームは成長し、クレイとメグは営業やマーケティングなどの業務を専門的に扱う人を雇った。しかしその勢いは止まってしまうこととなる。スタッフの増加やビジネスのプロセスづくりが彼らの期待通りに進展しなかったのだ。クレイは、自分たちを十分に信じることができず、他者に信頼を寄せたものの、期待した結果が得られなかったことを認めている。One Dropは規模の縮小を余儀なくされた。現在、コアチームは依然としてクレイ、メグ、ニックの3人で、ニックの監督のもとに生産マネージャーと3人のブルワーがいる。クレイとメグはタップルームのスタッフや物流を担当しており、メグが国内販売、クレイが輸出を担当している。
彼らのタップルームは、まるでトロピカルな温室のような雰囲気で、開放感があり、光がたくさん差し込み、緑豊かな植物が置かれている。ボタニーには多様な食事の選択肢があまりないため、クレイとメグは毎週異なるフードトラックを招待して、地元の人々に新しい体験を提供している。そのような環境で、濃厚なスムージーやサワービールは顧客に喜ばれているが、彼らの提供するビールはそれだけではない。
クレイは「私たちのラガーでは、まず水のpH(水に含まれる水素イオンの濃度を表す数値)を中性に戻し、世界各地の水質表を参考にして、水にミネラルを加えることでその土地特有の水質を再現しています」と説明する。
例えば、彼らはバルセロナに流れる川の水質表を参考にして、スペインのラガーをつくった。バルセロナ出身の客がそれを飲み、その味が故郷スペインのラガーとまったく同じだと言ったそうだ。また、チェコピルスナーやイタリアンピルスナーでも同様の手法を用いている。ブルワリーの名前と精神に忠実に、ジャマイカの川の水質を模して「ワー・グワン」というジャマイカンラガーもつくった。
前述の通り、One Dropではクレイが輸出を担当しており、日本のマーケットへの輸出歴は長いという。彼はオンラインで輸入業者のLaff Internationalを見つけ、連絡を取る前に調査をおこなった。日本のマーケットとの相性は良いそうで、日本の活気あるレゲエシーンにも興味を持っているという。彼が育ったニュージーランドにも、予想外に多くのレゲエファンがいるそうだ。
輸出が成長するなか、彼らの国内でのプランは現在の拠点で全てを最大限まで拡大するというものだ。定番のラガーとヘイジーペールエールを別の施設で醸造し始めたことで、タンクに「面白いもの」を醸造するためのスペースが増えた。
「ここの施設はすでに少し手狭になってきています」とクレイは認める。そして「もし誰かが私たちに多額の投資をしてくれれば、次のステップに進むことができるでしょう。そうでなければ、今の規模に満足しています」と言う。
彼らはもう家を売らなくてよい現在の状況に満足しているようだ。


